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2009.03.31

「姫武将政宗伝 ぼんたん!!」第3巻 独眼に映る戦場の真実

 一回あたりのページ数がそれほど多くないためか、前の巻が出てからずいぶんと空いた感のある「姫武将政宗伝 ぼんたん!!」の第三巻が待望の登場です。
 第二巻では、梵天丸が伊達政宗となる様が描かれましたが、この巻で描かれるのは、その政宗の初陣。青雲の志を抱いて戦場に臨んだ政宗ですが…

 と、初陣の前に、この巻の冒頭で描かれるのは、なんと(?)政宗の結婚。大河ドラマでもお馴染み愛姫のお輿入れですが、しかし本作の政宗はアレなわけで、一体どうごまかすのか…と思えば、ここで出てくるのが例の義姫の三年間の配慮。
 このエピソードをここで使ってくるか! というひねりが本作では非常に多いのですが、ここでもそのセンスは健在で、感心させられました。

 しかしこの巻で最も驚かされたのは、政宗が初陣で目の当たりにした、当時の戦の真実と、そこから生まれるドラマであります。
 初陣で敵軍を圧倒し、意気軒昂たる政宗が、戦の後に見たもの…それは、焼き出された民百姓を襲い、略奪暴行を繰り広げる自軍の兵の姿。誇り高き武士の晴れ舞台の裏側にある、あまりにも生々しい戦の有り様に、政宗は大いに憤るのです。

 この時代を描いた作品は数あれど、こうした「現実」について触れられたものは存外に少ないのは、これは間違いない話。その理由は色々とあるかと思いますが、その一つには、当時の武将にとってはこれは当たり前のことであり、一々動じるものではなかった、ということもあるのだと思います。
 しかし本作においては、政宗はそうした戦の「常識」とはある意味無縁の存在。その彼女の目だからこそ、当時のいくさ人には当然のこととしてスルーされてきた「現実」を、明確に理不尽として――そしてそれは現代の我々が共感できる感情であります――映し出すことができるのでしょう。

 本作の最大の特長である政宗が女性、というアイディアを、このような形で展開してみせたのは、正直に言えば全く予想外でしたが、しかし、なるほど! と大いに感服できるものであります。

 そして同時に、このエピソードにより、史実では猛将と知られながらも、本作では何だか頼りなかった伊達成実の成長、そして政宗の天下獲りの決意に繋げていくドラマ構成もまた、心憎い限り。
 さらに勢い余って(?)政宗の「独眼竜」宣言も飛び出し、ネタ的・メタ的なものをうまく取り込みつつ、シリアスとギャグのバランスをうまくとって物語を回していく作者のセンスとサービス精神を、大いに楽しませていただきました。

 そんな紆余曲折を経て、逞しく育っていく政宗ですが、しかしこの巻のラストに描かれるのは、激動の予感。
 政宗ファン、戦国ファンにとっては、この後に起きることは周知のことではありますが、さてそれを本作でどのように描いてみせるのか――到底ギャグではすまない大事件を如何に料理してみせるのか、大いに期待しているところです。


 しかし今回は最上分少ないと思ったらわざわざラストに…特定の人向けのサービスとしか思えないよ! と思わせつつ、駒姫をしっかりと出してくるあたり(そして義光に「そなたをこの世の誰より幸せな嫁にしてみせるぞ」と言わせてしまうあたり!)そして、これまたさすがとしか言えません。


「姫武将政宗伝 ぼんたん!!」第3巻(阿部川キネコ 幻冬舎バーズコミックス) Amazon
姫武将政宗伝ぼんたん!! 3 (3) (バーズコミックス)


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2009.03.30

「丑三つの月 あやかし草紙」 今回は趣向を変えて

 仕事帰りの丑三つ時、幇間の藤八は、とある神社で丑の刻参り姿の二人組に襲われ、からくも逃げ延びる。翌日、その神社で無惨に樹に打ち付けられた男の死体が発見され、藤八の周囲にも何者かの魔の手が延びる。

 柳橋の幇間・藤八を主人公とした竹河聖先生の幕末もの第四作であります。
 毎回毎回奇怪な事件に巻き込まれる藤八ですが、今回の事件は彼自身が直接的に命の危険に巻き込まれるもの。何とも異常な丑の刻参りを目撃してしまったがために、一向に全貌の見えない事件に藤八は巻き込まれ、幾度も暗殺の危機に曝されることとなります。

 ここで今までのシリーズの読者の方であれば、おや、と思われるかもしれませんが、今回はこれまでの作品に比べると、かなりアクションの度合いが強い作品。登場人物はお馴染みの顔ぶれなのですが、この点で、これまでのシリーズとはかなり印象が異なります。
 実は幇間として暮らす藤八の前身は、御庭番。引退して久しいとはいえ、並みの幇間では及びもつかぬ戦闘力を持っているわけで、その藤八がいかにして暗殺の魔手を潜り抜け、謎を解き明かすか、というのが本作の趣向であるかと思います。

 この辺りの藤八の苦闘ぶりはなかなかに面白いですし、ある意味藤八の後見役とも言える、同じく元御庭番のご隠居(時代ものファンならお馴染みの人物の縁者で作者の先祖(!))の存在感も良いのですが、しかしその一方で少々残念なのは、ホラー分がかなり薄れていること。
 元々、怪異をはっきりと、一つ一つ理屈立てて描くというシリーズではありませんが、それでもシリーズの味と言うべきものだったために少々もったいない気もいたします。
(本作にも怪異のようなものは現れるのですが、その扱いが…)


 しかしながら、題材・趣向が変わったとしても、物語全体を包むムードは変わらないのは、これはさすがというべきでしょう。
 考えてみると毎回版元が変わっているこのシリーズ。今回の版元に合わせた方向修正と言えなくもないかもしれません。

 まことに余計なお世話ではありますが、そろそろ腰を落ち着けていただきたいという気持ちも、ファンとしてはありますので…


「丑三つの月 あやかし草紙」(竹河聖 角川春樹事務所ハルキ文庫) Amazon
丑三つの月―あやかし草紙 (時代小説文庫)


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2009.03.29

「BRAVE10」第5巻 いきなり大将戦?

 順調に巻を重ねて「BRAVE10」も第五巻。前巻までで八人が集結した真田の勇士たちですが、ついにこの巻で残り二人が登場…? というところまで辿り着きました。

 と言いつつ、今回物語の中心で大暴れしていたのは、オッサンこと真田幸村。
 今までは十勇士の主君らしく…はあまりなかったかもしれませんが、一歩引いたところで戦いを見守っていた感のある幸村の実力の一端を見ることができます。

 と言っても、合戦があったわけでも、ましてや幸村自らが刀を手にして敵と戦ったわけでもありません。
 幸村の活躍の舞台となるのは、家康主催の伏見での茶会。己の天下人たるを見せつけるために諸大名を招いて開かれたこの茶会で、座興の剣舞と称して幸村を挑発したのは、かの独眼竜政宗――

 この物語の核心である奇魂を巡り、これまで幾度となく激突してきた真田・伊達の、いわばこれは大将戦。座興とはいえ、当然ただですむはずはないのですが…
 ここでの幸村の振る舞いがまた、何とも「らしい」ものなのが実に楽しい。飄々と人を食った、しかし底の知れない幸村のキャラクターがよく出ていたと思います。

 キャラクターと言えば、この茶会に集まった諸大名――の中でも特に石田三成と直江兼続――がまた、実にこの漫画らしいビジュアルと性格。はっきり言ってしまえば、お堅い歴史ファンが見たら目を三角にして怒りそうなアレンジなのですが――
 私個人としてはこういうの大好物ゆえ、大いに楽しませていただきました。兼続がまた兼続らしくて…


 さて、物語の方は、京行きの途中で爆弾小僧・望月六郎改め弁丸を仲間に加え、十勇士もこれで九人。
 そしてラストでは真田主従絶体絶命の危機に、十勇士最後の一人が登場…? という場面でヒキで、次の巻ではいよいよ十勇士勢ぞろいということに相成りますか、これは楽しみです。


 それにしても、この巻、冒頭からなんかものすごく読者サービス的な露天風呂大会で驚きましたよ。
 そして存在自体が読者サービスみたいになってきた鎌之介イイヨイイヨー


「BRAVE10」第5巻(霜月かいり メディアファクトリーMFコミックス) Amazon
BRAVE10 第5巻 (MFコミックス フラッパーシリーズ) (MFコミックス フラッパーシリーズ)


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2009.03.28

「シグルイ」第12巻 悔しいけれど面白い…

 まだまだ続く地獄絵図、「シグルイ」第12巻は、物語の焦点を再び藤木と伊良子に移し、心身ともにどん底に落ちた藤木たちの姿が描かれます。

 伊良子に一門完全敗北しながらも、再戦の主命により、生き恥を晒す羽目となった藤木と三重。
 そんな中、駿府に招かれた藤木は、更なる辱めを受けた上、腕試しと称してある男との試合を命じられますが、それこそは現在「伊良子清玄」と呼ばれる者の兄弟子で…

 というわけで、今回も藤木/伊良子の過去と、その怪物ぶりが描かれるのですが――同じことを考えている方も多いと思いますので書いてしまいますが、さすがに引っ張りすぎ、という印象は否めません。

 対決する二人のエピソードを積み上げることにより、最後の決闘をより盛り上げるというのは、これはそれこそ講談の寛永御前試合の昔から採られている手法であり、エンターテイメントの常道ではありますが…
 前の巻で、一旦物語が「がま剣法」に移ったこともあり、そろそろ次に行ってもよいのでは…という気持ちは、正直なところあります。


 が――それでも困ったことにと言うべきか、嬉しいことにと言うべきか、内容自体は実に面白いのです。

 藤木の怪物ぶりについては、これまで断片的だったものが一気に前に出てきたような印象がありますし、何よりもこの巻の終盤では、峰打ち不殺の月岡雪之介との、夢の(?)対決が実現。
 剣術描写については今更言うまでもないクオリティであり、悔しいけれど面白い、と言うほかありません。

 また、いくと三重の、清玄を挟んだ女の対決――と書くと何だか安っぽく見えて嫌なのですが――も、そういえば今までさほど描かれていなかった部分であり、思わぬ方の乱入(?)もあって、こちらも面白いのです。
(清玄のさりげない一言で凶気を芽生えさせるいくの描写がまたうまい)

 結局、悔しい悔しいと言いながら、最後までついていくことだけが、ファンに許される行動なのでしょう。ああ悔しい。


「シグルイ」第12巻(山口貴由&南條範夫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
シグルイ 12 (12) (チャンピオンREDコミックス)


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2009.03.27

「鬼ヶ辻にあやかしあり」 美しき妖魔姫の愛でるもの

 昼なお暗い鬼ヶ辻にある猫又神社。普段近づく者すらないこの神社にやって来た少女・おたみは、不思議な面売りの青年・銀次から、神社に住まう白蜜姫に会う方法を教わる。放火の濡れ衣を着せられ、火あぶりを待つ運命の兄を救うため、必死の想いですがるおたみの前に現れた白蜜姫とは…

 児童文学というものは、時代伝奇、時代ファンタジーを愛好する者にとっては避けて通れない、決して侮るべからざるものと常々思っておりますが、本作もなかなかユニークな、時代ダークファンタジーとも言うべき作品であります。

 シリーズ第一作ということもあってか、本作の構成は至ってシンプル。
 無実の罪の兄を救うため自分にすがってきた少女の願いに応えて、鬼ヶ辻は猫又神社に棲まう美しき妖魔・白蜜姫が、真犯人たちに罰を与えるというのがその内容です。

 これが罰を下すのが人間であれば、色々な計略を働かせて…ということになるのでしょうが、何せ白蜜姫は、自身のあまりに強大な妖力をセーブするため、その力の半分を大地に封じたというほどの大妖(そのために鬼ヶ辻一帯が魔所に変じたという設定も実に楽しい)。
 単なる人間の悪党風情、労せずして叩き潰すことができるわけで、その辺りのカタルシスというものは、さしてありません。

 しかしながら、本作が実に魅力的、いや蠱惑的ですらあるのは、白蜜姫が人間に味方し、悪人を懲らすその理由にあります。
(以降、ネタバレとなりますのでご注意)

 白蜜姫がおたみの願いを聞き入れ、悪人を懲らしたその理由――それは、少女の涙に応えるためでも、この世の悪を討つためでもなく、ただ、悪人の魂を手に入れるため。
 そう、この少女とも見紛う妖魔の姫が何より好むのは、人間の邪悪な魂。悪に染まれば染まるほど、妖しく美しく輝くというその魂を集め、愛でるのが、姫の楽しみであり、悦びなのであります。人の願いを叶えるのは、あくまでもその魂を手に入れるための手段に過ぎないのです(尤も、か弱いながらも必死に生きる人間もお好みのようですが…)

 この、ひどく残酷で美しく、人間と近しい所に居るようでいて、決して交わりそうにない姫の存在感は、泉鏡花が好んで描いた妖女のそれに、近いものがあると感じますが、そんな女性に、児童文学で出会えるとは…
 いやはや、まったくもって油断できません。


 児童文学としては、ちょいと(どころでなく?)黒い味わいですが、しかし、人間の友達だったり、あるいは猛獣のように人間に害をなす存在であったりする妖怪ばかりでなく、こうした人間と似て非なる妖怪を描いた作品も面白いものでしょう。
 似て非なるものを通してこそ、見えてくる人間の姿もきっとあるはずですから――もちろんそれが、明日の夢見を良くするものとは限りませんが、それもまた一興…かな?


「鬼ヶ辻にあやかしあり」(廣嶋玲子 ポプラポケット文庫) Amazon
鬼ヶ辻にあやかしあり (ポプラポケット文庫)

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2009.03.26

「箱館妖人無頼帖 ヒメガミ」第5巻 そして堂々の大団円

 「箱館妖人無頼帖 ヒメガミ」の最終巻が、ついに発売されました。
 「マガジンZ」誌の休刊により、連載時には描かれなかった最終話を描き下ろしての完結ですが、そんなイレギュラーな形で描かれたとは思えないほど、「堂々の」と評すべき見事な完結であります。

 黒後家楼での死闘を経て、一時の平和を取り戻したかに見えた彪とヒメカたちの前に、ヒメガミの力を奪い、我がものとする謎の敵が出現。戦う力を奪われた上、ヒメカを奪われた彪と仲間たちは、絶望的な最後の戦いに臨むことに――
 と、ヒメガミの力が敵に奪われるだけでなく、それが敵に使われてしまうという、バトルものとして非常に燃えるシチュエーションが展開されるこの最終巻。しかし単に燃えるだけでなく、その戦いの中で、封印の正体、ヒメガミと妖人の関係、箱館に妖人が出現した理由など、物語の核心に迫る謎が語られていくのが心憎い展開(少し駆け足気味なのは、まあ仕方ありますまい)。

 しかし、それ以上の意味を持つのは、彪が自分自身の意志でヒメガミに戦いを挑むことにより、彼女のヒメガミ超えが、そして何よりも彼女の成長が描かれることでしょう。

 振り返ってみれば、これまで感想を書くたびに、彪を指して未熟未熟と言い続けて来た気がします。
 しかしラストに至って、誰かに言われたからでも、それしか道がないからでもなく、己自身の確たる意志で戦いに挑む彼女の姿は、その未熟さを見事に――これまでの展開は皆、この時のためであったか! とすら思わされるほど――乗り越えた姿であり、胸を熱くさせられます。

 これまで、自らが望むにせよ望まぬにせよヒメカに支えられていた彪が、そのヒメカを救うため、己自身の命を投げ出す覚悟で立ち上がる(そしてそれが、絶望に打ちひしがれた仲間たちの心にも火を付ける!)。これ以上に彼女の成長を示すものがありましょうか。

 結末は、これはある意味様式美と言えるかもしれませんが、しかしここまで描かれれば、語られるべきものはほとんど全て語られたというべきであり、堂々の大団円、というほかありません。


 個人的な趣味から言えばいささかサービス過剰とも思えるほど婦女子の裸が描かれながら、しかし物語全体からは、正しく男燃え・男泣きの魂を感じる本作は――もちろんその伝奇テイストも含めて――まさに環望の面目躍如たるものがあったと言えるでしょう。
 最後まで読んできて良かった――そう言い切ることができる作品です。


 しかし土方の前の封印の持ち主が描かれなかったのは残念…もんのスゴい設定だったのに。


「箱館妖人無頼帖 ヒメガミ」第5巻(環望 講談社マガジンZ) Amazon
箱館妖人無頼帖ヒメガミ 5 (5) (マガジンZコミックス)


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2009.03.25

「ひとつ目さうし」 探偵一休、謎に挑む

 巨人ダイダラボウ伝説の残る地を訪れた一休は、思わぬことから土地の領主の館での騒動に巻き込まれる。領主の側室たちが、いずれも一つ目の子供を産んだというのだ。奇怪な事件に風狂の虫を騒がせた一休は探偵役を買ってでるが。

 お馴染み異形コレクションの、お馴染み朝松室町伝奇。最新巻「幻想探偵」に掲載されたのは、久々に青年一休を主人公としたミステリ…そう、ミステリであります。

 今回一休が挑むのは、隻眼の巨人伝説が残る地での怪事件。
 土地の領主の五人の側室のうち、四人が産んだのが、いずれも奇怪な一つ目の赤ん坊だった…という、何ともおぞましい事件の探偵役として一休が立ち上がることになります。

 まさに幻想探偵…ではあるのですが、しかし本作がこれまでの一休ものと明確に異なるのは――これは早々に作中で提示されるので言っても良いと思いますが――この怪事件を引き起こしたのが、超自然の怪異などではなく、あくまでも人間の悪意が引き起こしたものであることでしょう。

 赤ん坊の目にまつわる怪異というと、山田風太郎の某短編を思い出しますが、あれはあくまでも、ある意味超自然的な忍法によるもの。
 本作においては、しかし、そのような手段を用いることなしに、異常な「犯罪」の手段を描き出しているのに驚かされます。

 しかし何よりも嬉しいのは、謎解きに至る過程で登場する人物、ガジェットがしっかりと朝松伝奇している――そして、なるほど、あの連中であればこうした知識があっても不思議ではないと納得できる――こと。
 単に謎解きに一定の説得力を与えるだけでなく、朝松室町伝奇としての格好をきっちりと整える効果を上げているのには、これは手練の技と言うべきでしょう。

 室町伝奇、そして一休ものの懐の広さをも感じさせてくれる一編であります。


「ひとつ目さうし」(朝松健 光文社文庫「異形コレクション 幻想探偵」所収) Amazon
幻想探偵―異形コレクション (光文社文庫)

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2009.03.24

四月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 寒かったり少し暖かかったりまた少し寒かったり…を繰り返し、気がつけばもう春。四月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。
 さすがに、アイテムラッシュだったここ数ヶ月に比べるとおとなしく感じられますが、それでもなかなかのラインナップです。

 文庫小説では、上田秀人の「織江緋之介見参 終焉の太刀」が注目。シリーズ最新巻…というより最終巻のようなタイトルですが、果たして? また、先に一、二巻が同時刊行された小説版「大正探偵怪奇譚」の第三巻が登場します。これはありがたい。

 また、気になるのは大久保智弘の「御庭番宰領」シリーズの第四巻ですが、最初の二巻が伝奇もので、三巻目でいきなり人情ものになってしまっただけに、今回の内容が気になります。大久保先生にはやはり伝奇ものを書いていただきたい…

 その他、復刊等では、相変わらず快調なランダムハウス講談社時代小説文庫の「若さま侍捕物手帖」第四巻をはじめ、遂に復活、風野先生の戦国伝奇「幻の城」、まだ出ていなかったっけ…の菊地先生の「しびとの剣」第二巻が登場。
 また、発売時期が下旬としかわかりませんが、こういうベクトルでは良い仕事をする扶桑社文庫から光瀬龍の「多聞寺討伐」が刊行される模様。これも嬉しいお話です。

 中国ものでは、加野厚志の「女剣三国志 貂蝉」が目につくところ。果たして人物ネタの歴史ものなのか、伝奇ものなのか…(後者を激しく希望)。また、ぶんか社文庫から発売の「水滸伝の108人がよくわかる本」は、私的には買わざるを得ない。


 漫画の方では、「土竜の剣」の続巻は? のかわのいちろうの新作「忍歌」が登場。「コミック乱」で信長ものの連載も始まりましたし、戦国づいているというところでしょうか。
 また、なかなか単行本化されずやきもきしていた長谷川哲也+山田風太郎の「アイゼンファウスト 天保忍者伝」が、一、二巻同時刊行でようやく登場。山風節と長谷川節の化学反応で何だかもの凄いことになっております。もう一つ山風の漫画化では土山しげるの「忍法剣士伝」の第一巻も登場ですが、これはなあ…
 その他、「義風堂々!! 直江兼続」と「大帝の剣」の続巻も登場です。


 映像の方では「うそうそ」「ICHI」のソフト化が目につくくらいですが、気になるのは「モノノ怪+怪 ayakashi 化猫」DVD-BOX。言うまでもなくあの名作のBOX化ですが、特典に平山夢明書き下ろし短編って何ぞそれ! 個人的には単品DVDで全部持っているので、まあ今回はいいかなあ…と思いましたが、俄然気になってきました。それ以上に発売が遅れるんじゃないか気になりますが


 最後にゲームでは、個人的に長らく発売を待ち望んでいたwii用ソフト「朧村正」が遂に登場。バリバリの時代伝奇アクションであることもさることながら、内容が今では絶滅寸前の2Dアクションというのが実に嬉しい。これは是非実際に動いている絵を見ていただきたいのですが、これは本当に楽しみです。当方のような十数年来(数十!?)の横スクアクション好き以外には受けないかもしれませんが…
 その他、格ゲー版の爆死が記憶に新しい「戦国BASARA バトルヒーローズ」、着眼点がユニークな「風雲! 大籠城」が気になるところです。

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2009.03.23

「風が如く」第1巻 混沌の中の漫画力

 時は戦国。お宝を感じると疼く手を持つ少年・石川五右衛門が次に目を付けたのは、一年に一度だけ、願いを叶えるという「月詠みの箱」だった。まんまと箱を盗み出した五右衛門だが、中から出てきたその正体は、薄汚れた幼女だった。さらに五右衛門の願いに応えて現れたものは――

 一頃はちょっと落ち着いてしまったような印象があってずいぶん残念だった「週刊少年チャンピオン」誌ですが、ここしばらくは、またイイ具合に混沌としてきた(ホメ言葉)と思います。
 壮絶な復讐戦を描いたSFバイオレンス「ダイモンズ」を完結させた米原秀幸先生の新作もその混沌を構成する作品の一つ。

 ジャンルはなんと時代劇、それもただの時代劇ではなく、やたらファンキーな俺様五右衛門に、正体不明の幼女、現代からバイクと共にタイムスリップしてしまった高校生に、ドレッドヘアに鉞担いだ金太郎の末裔、とどめに金太郎の相棒のパンダ――と、一癖も二癖もある、などという言葉ではすまない連中が集まった、何でもありの大活劇であります。

 文字にしただけでも混沌どころではない本作ですが、しかし、そこに説得力と魅力を与えるのが、漫画の力・絵の力。ことアクションシーンの画作りにおいては、当代有数の実力を持つ米原先生だけに、無茶苦茶なのに実際に画として見せられると何故か納得してしまうのは、これは漫画として実に正しいことでしょう。


 …が、正直なことを言えば、この第一巻の時点では、物語はまだエンジン全開とはいかない印象。読者はまだ世界観について行くのがやっとで、現代からタイムスリップさせられてしまったワープくんよろしく、眼前で繰り広げられる無茶苦茶な大暴れに振り回されている、というところでしょうか。

 もちろん、これはおそらく――いや間違いなく一過性のもの。第二巻に収録されるであろう対斎藤道三戦は、まさに痛快と言うべき内容でありましたし、本誌の方ではあの武将が…というわけで、いよいよ佳境に入ったという印象です(ちょっと急ぎ過ぎに見えるのが心配ですが…)。


 思えば、米原作品の主人公たちは、いずれも真っ当な世間から外れたような無軌道な連中、まさにアウトローばかりではありますが、己の道を決して曲げることなく突き進む、一本筋の通った「無頼」な男たちばかり。
 本作の五右衛門はまだまだ未知数ですが、しかしそんな魅力的な無頼漢の一人となってくれることを――半ば確信しつつ――期待しているところです。


 ちなみに和泉元彌さんが米原先生の大ファンなのに、ちょっと驚いたというか楽しくなりました。フィクション上等、いい言葉です。


「風が如く」第1巻(米原秀幸 秋田書店少年チャンピオンコミックス) Amazon

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2009.03.22

「大江戸神龍伝バサラ! 1 龍、覚醒せり。」 アイディアは超伝奇クラス

 転校を繰り返し、孤独な学校生活を送るさくら。ある晩、近くの神社で琵琶を弾く謎めいた美少年に出会った彼女は、気がつくと江戸時代に転移していた。そこで天真爛漫な少年・婆娑羅丸たちと出会ったさくらだが、そこに神社を潰そうとする陰陽師・土御門幻真が現れる。妖怪を操る婆娑羅丸の正体は…

 今月3日に、角川つばさ文庫が発刊されました。ポプラ文庫や青い鳥文庫のようないわゆる児童向け小説のレーベルですが、なかなか豪華なラインナップの中で、私の目を真っ先に引いたのは本作であります。
 タイトルからして時代もの、しかも作者は児童向け小説で水を得た魚のような活躍ぶりを見せる楠木誠一郎とくれば、見逃す手はありません。

 さっそく手にしたその内容はなかなか面白い時代ファンタジーでありました。
 実社会に満たされない想いを抱く主人公が異世界に転移し、そこでの冒険を通じて、自分自身を見つめ直し、日常に帰っていく…というのは、洋の東西を、また対象年齢を問わず、ファンタジーものの常道の一つ。
 本作もまさにその典型ではありますが、主人公の「フツーの女の子」らしさというものが、なかなか良く出ていたことと、何よりもその彼女が巻き込まれる事件の背後にある、ある秘密の飛ばし方が実に面白く、本来の対象年齢を遙かに上回る私でも、楽しく読むことができました。

 正直なところ、この秘密というのがこちらが予想していたのを遙かに上回る大きさで、ほとんど超伝奇ものクラスの代物。現代から江戸時代など目ではないくらいの物語のスケールアップの度合いには、失礼ながら児童小説と油断していた当方の頭をガツンとやられた気分です。
 そして、それだけのマクロな設定でありつつも、あくまでも一人の少女の成長というミクロな物語に落とし込まれているのが――これも常道ではありますが――好感が持てます。


 一応本作は本作できちんと完結はしていますが、タイトルにナンバーが振られている以上、続編は大いにアリでしょう。これだけの設定、まだまだ面白い話が作れそうです。
 レーベルそのものはもちろんのこと、本作の今後の発展も楽しみです。


「大江戸神龍伝バサラ! 1 龍、覚醒せり。」(楠木誠一郎 角川つばさ文庫) Amazon
大江戸神龍伝バサラ!  (1)龍、覚醒せり。 (角川つばさ文庫)

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2009.03.21

「必殺仕事人2009」 第10話「鬼の末路」

 予告の時点から嵐の予感に胸躍らせていた今週の「必殺仕事人2009」ですが、放送延長してなければ最終回直前の回であるためか、ここでチーム最大の危機が訪れます。

 仕事人として人を殺めることに罪悪感を感じ、苦しむ源太。如月を守るためとはいえ、公衆の面前で仕事道具を振るってしまった涼次。
 今回、年若い二人が陥った状況は、それぞれ内面的、外面的という違いこそあれ、これまで幾人もの仕事人にとって、命取りとなってきたものであり、仲間としても見逃すことはできません。小五郎などは、ヘマをすれば源太を斬るとまで言い切るのですが…

 一方、それと平行して描かれるのは、無気力な若者による無差別殺人という、イヤな時事ネタ的内容の事件であります。
 しかし、時事ネタ・定番ネタに見えても一ひねり加えてくることが多い(前回は除く)のが今回のシリーズの特長。果たして誰が依頼者で、誰がターゲットとなるのか、今回も二転三転、イベント編にも負けないインパクトの内容としてきたのはさすがかと思います。

 しかしやはりただではすまない今回のエピソード。人数の関係もあるとはいえ、小五郎が仕事に加わらないという時点で、すでに番狂わせの予感だったのですが…

 殺人鬼の青年を追いつめた涼次。しかしその場に、依頼者でもある標的の母が、見るに見かねて飛び出してきたため、涼次の顔が目撃される羽目に…
 そこで母の手ごと標的の心臓に錐を突き刺す涼次も大概ですが、さすがに母は見逃そうとしたところに現れたのは小五郎。
 これは仕事ではないが、これが仕事人の掟…と言わんばかりにその一刀は母親に振り下ろされ――

 そして、何とも暗澹たる気持ちの中で聴いたエンディングの後に待ち受けていたのは更なるサプライズであります。
 仕留め損なっていたため蘇生した標的に襲われ、なりふりかまわない暴力で返り討ちにした源太(とどめが庭石の一撃というのがもう…今回は、ジャニーズの三人がいずれも実にえげつない殺しばかり演じるのに驚かされます)。これだけでもかなりきついのですが、まだまだ終わりません。
 その姿を源太は大河原同心に目撃され、さらに大河原の背後には小五郎が――
 果たして小五郎の刃の向かう先は!? ああああ、何とも胃の痛くなるシーンで以下次回(それも三週間後!)。


 というわけで、本筋だけでも十分面白かった今回なのですが、終盤の展開には完全にKOされました。
 細かい部分では、色々とツッコミどころもありますし、源太の懊悩をもう少しこれまで描いていれば更に印象的になったと思うのですが、しかしこれだけ見せてもらえれば、まずは十分でしょう。
(仕事を終えた源太が、殺人鬼に殺された人々の途切れぬ葬列に行き当たるシーンの、和物ホラー的無闇な迫力たるや…)

 これまでも正体バレで大ピンチ、というのはシリーズ終盤には毎週のようにありましたが、それが元で仲間を口封じ、というのは結構珍しいケースの印象。
 番組も延長したんだし、ここでどうにかなるわけないよね? というこちらの甘い期待通りとなりますかどうか…さて「鬼の末路」や如何に。


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 「必殺仕事人2009」第02話&第03話をまとめて
 「必殺仕事人2009」第04話「薬物地獄」
 「必殺仕事人2009」第06話「夫殺し」
 「必殺仕事人2009」 第8話「一発勝負」

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2009.03.20

荒山柳生二題

 今月は荒山徹先生の「柳生」ものを二作読むことができました。
 まずは「KENZAN!」誌に掲載の「柳生大作戦」ですが…

 今回描かれていくのは、魔人と化した石田三成により豊臣家が徐々に滅亡の淵に追いやられていく姿。
 いわゆる殺生関白・豊臣秀次の乱行、そして秀吉の再度の朝鮮出兵の背後にあったのは、石田三成の陰謀だった! という趣向なのですが…

 正直なところ、ほとんど何から何まで三成の思うがまま、というのは、お話として安直な印象で今一つ…
 でも「これは妖術ですわ!」と言われたら、納得せざるを得ません。だって妖術なんだもの。

 そんなことよりも許せないのは、天津敏(略称)が、怪獣も超兵器も出さずに退場したことなんですが! 期待してたのに!(するな)

 それはさておき、唯一、三成の思い通りにならなかった宗矩さんの出番はほんの少し。
 しかし、英邁な秀忠、清廉な宗矩を見せられて笑いがこみ上げるのは、いかに普段ナントカ史観に毒されているか、ということでしょうか。


 さて、もう一本は「小説トリッパー」誌の最新号での新連載「柳生黙示録」。
 あまりにもネット上で話題となっていなかったので、もしかして私だけに見える妖精さんみたいなものかと思ってしまったのですが、痛めつけられるとパワーアップして強酸の唾を吐くゴルゴダ磔男のコスプレをした剣士を妄想するほど私もまだ極まってはいないので、やっぱり現実の作品なのでしょう。

 それはさておき、本作の舞台は、1637年。そう、あの大事件が発生した年でありますが、物語は、オランダ船がある「積荷」を載せて長崎に到着したのが、ことの起こり。

 オランダ商館長を、そして長崎奉行(二名同時に長崎にいる時もあるのですね)いやそれどころか幕閣を震撼させたその積荷は、ただちに江戸に移送されることになります。
 が、その道中に不安を抱いたのが誰であろう声が甲高くて大時代めいた喋りの柳生宗矩。ただちに柳生剣士団を送り込むのですが――

 不安は的中し、その積荷を狙い活動を開始した怪しの影七つ…彼らこそは、手の指が欠けてる森宗意軒が送り込んだ神聖ハポン騎士団、黙示録の七剣士!
 七剣士の奇怪な術(強酸の唾とか)の前に、次々と倒されていく積荷の護衛たち。果たして積荷の正体は、そして七剣士に立ち向かう者は…

 と、今回はまだまだ序章といったところ。
「柳生」とは言い条、誰が主人公となるかはわかりませんが、しかし冒頭からエンジン全開の荒山伝奇ぶりに、これからの展開が大いに期待できそうです。


 一昨年の「大戦争」「百合剣」に続き、今年は「大作戦」「黙示録」ということで、荒山柳生ファンとしては色々な意味で楽しみな年になりそうです。


「柳生大作戦」第四回(荒山徹 講談社「KENZAN!」vol.8掲載) Amazon
「柳生黙示録」第一回(荒山徹 朝日新聞社「小説トリッパー」2009年春季号掲載) Amazon
KENZAN!Vol.8小説 TRIPPER (トリッパー) 2009年 3/25号 [雑誌]

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 「柳生大作戦」第二回 日朝神器争奪戦
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2009.03.19

「無限の住人」 第七幕「三途」

 後半戦に入った「無限の住人」第七幕、前回を受けて閑馬永空編の後編であります。
 前回は無骸流のエピソードが挿入されましたが、今回は全編対閑馬戦、微妙に原作と異なる演出がなかなか面白い回でした。

 前回のラストで万次が毒に犯されたため、直す手だてを求めて一人飛び出し(このくだり、あれだけ万次が悲惨なことになっているのに意外と取り乱していない凛ちゃんに激しく違和感。にしても独断専行癖はこの頃からですな)閑馬に捕らわれた凛。

 彼女に対して閑馬が語る自身の過去と、独自の人間観が今回のハイライトの一つ。
 戦国時代、主君のために全てを擲ちながらも、残ったのはただ、蟲に生かされ、死ねない体となった閑馬――彼にとっては、己を含めた全てが地を這う蟲同然であり、空しい命であります。
 もう一人の万次とも言うべき閑馬の語る内容自体は、微妙に中二病的ではありますが、しかし原作では台詞のみで語られた彼の過去を、ビジュアライズして描いてみせるなどして、彼の不気味に達観した――達観しようとしている――想いを、それなりにうまく描き出していたかと思います。

 そして復活した(この辺り、原作のかなりのご都合主義っぷりを何とかフォローしようとしているのが微笑ましい)万次との対決では、原作では茶屋でのファーストコンタクトで万次が投げかけた「唯な 人の上に立つ事だけは諦めたほうがいい」という言葉がお互いズタズタになりながらの血闘の中で発せられることになるのが、なかなかうまいアレンジ。
 この会話がなかった分、前回の茶店でのシーンが薄味に感じられたのですが、しかし、今回この場面でこの言葉が出てくる方がなるほど通りが良く、そして何よりも、この言葉を受ける形で、あの凛ちゃんのヒドイ名台詞「二百年も生きてきて 一度も人の上に立てなかったというなら……」が出てくるのはなかなかよい構成であったと思います。

 アクションも――相変わらず大して動いてはいないのですが――見せ方を工夫していて、本作の中ではかなりの健闘ではないでしょうか。特に烏で閑馬の短刀(黄金蟲)を弾いた後の万次の見得がなかなか良いのです。


 しかし…今回アニメで改めて見直してみればこのエピソード、「無限の住人」という作品を考える上で実に示唆に富んだ内容であったと今更ながらに気付くのですが――今の作者の筆で描けば、また全く異なる様相を見せたのではないかとも感じます(不死力解明編は、変な方向にすっ飛んでいってしまいましたが)。
 そういう意味では、アニメではもっともっと踏み込んで欲しかった…という気持ちもあるのですが、それは贅沢の言い過ぎというものでしょう。


 それにしても今回一番のセクシーショットは、緊縛されて舌を出させられる凛よりも、半裸でのたうち回る万次さんだったと思います><


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 無限の住人

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2009.03.18

「恋の闇 六代目小太郎」 止むに止まれぬ想いを抱えて

 吉原で、死後数ヶ月の女郎の死体が発見された。しかしその女郎は、その日まで変わらぬ姿で暮らしていた…あらゆる女性に変じる七方化の葛葉が江戸に現れたのだ。葛葉の跳梁は続き、ついに六代目小太郎・風間伊織の幼なじみで小野家の娘・百合にまでその魔手が迫る…

 時代伝奇小説界の希望の星の一つ、柳蒼二郎先生の「六代目小太郎」が帰ってきました。
 市井に潜んで江戸の平和を守る風間伊織たち風魔一党の次なる敵は、あらゆる女性に変じ、相手に血の止まらぬ傷を与える魔の爪を持つ妖女忍・七方化の葛葉。風魔の甚右衛門、今は吉原の総名主の庄司甚右衛門への積年の想いを晴らさんと江戸に出現したこの魔女に、風魔一党を挙げて挑むこととなります。

 が、敵は変身とも転生とも表すべき忍法でもって、あらゆる年齢・容姿の女性に変じる難敵。次々と風魔を、そして無辜の民を毒牙にかける狂気の忍びに、果たして如何に立ち向かうか…と、今回も忍者ものの興趣に満ちた快作となっています。
 しかし、本シリーズが他の忍者ものと一線を画するのは、敵忍者のキャラクター像が、単なる悪役という言葉では片づけられない陰影をもって描かれていることであります。

 本作の葛葉もまた、その憎むべき凶行の裏側に、止むに止まれぬ想いを抱えた人物。超人的な術技を持ちながらも、それ故に人として生きられなかった彼女がたった一つ抱えていた人間的な感情――それが何であるかは本作のタイトルが示していますが、伊織と風魔一党が挑むのは、単に葛葉のみならず、人間誰しもが一度は直面するこの難敵なのです。

 その苦闘の詳細は、これはぜひ実際にご覧いただきたいのですが、素晴らしいのはそんな伊織に向けられた、母――すなわち五代目小太郎の妻――の言葉。
 人が人を想うとはどういうことか、いかにあるべきか…本作には様々な形で、男女の間の想いが描かれますが、それらを全て包み込む暖かさ、深さがここにはあります。


 忍法合戦の面白さもさることながら、ドラマ的な奥行きでも実に面白い本作。
 第一作目を読んだとき少々ひっかかった登場人物の多さも、良い具合にこなれてきたと言いましょうか、伊織以下、各人のキャラが――本作ではチョイ役の柳生十兵衛、小野次郎右衛門たちも含めて――実に良く立っていて、全く気にならなくなりました。
(前作では謎だった、先代小太郎と家康の約定の内容も冒頭で描かれるのですが、これがまた伝奇的ひねりが効いていて実に良いのです)

 キャラ良し設定良しドラマ良しと、まさに時代エンターテイメントとして死角なし、の印象で、これはいよいよもって見逃せない作品となったと感じます。


「恋の闇 六代目小太郎」(柳蒼二郎 学研M文庫) Amazon
恋の闇―風の忍び六代目小太郎 (学研M文庫)


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2009.03.17

「蜉蝣峠」 陽炎の向こうに自分を求めて

 荒涼たる蜉蝣峠から、闇太郎と名乗る男が降りてきた。二十五年前、ろまん街で起きた大通り魔事件の数少ない生き残りである闇太郎は、記憶を失い、それ以来峠で誰かを待っていたのだ。折しも街では立派と天晴、二つの勢力の縄張り争いが激化していた。そこで闇太郎の前に現れたお泪という女は、彼と将来を誓い合っていたというのだが…

 考えてみればずいぶん久しぶりの劇団☆新感線いのうえ歌舞伎、今回は脚本にクドカンを迎えての「蜉蝣峠」であります。
 ベタでおバカなギャグの連発(しかも今回はクドカンらしく下品なギャグ率高し)の一方で、ドシリアスなドラマが展開するいのうえ歌舞伎らしく、本作も冒頭から、本当にこれでいいのかしら…と不安になるくらいのギャグ展開(古田さんは冒頭からしてあだ名通りの格好だし…はだか侍よりヒドイ)。クールなキャラも重いキャラも皆揃ってバカをやる一方で、過去を失った男、己を見失った人間たちの、重い人間ドラマが並行して描かれた末、物語は血で血を洗う大殺陣で幕を下ろすことになります。

 古田新太が演じる物語の主人公は、己の過去をなくした男・闇太郎。過去に大虐殺事件に巻き込まれたショックで己の名の他一切の記憶を失い、ただ何者かに告げられた言葉をもとに、蜉蝣峠で誰かを待ち続けていた…そんなミステリアスな男が、ついに蜉蝣峠を離れ、かつての惨劇の舞台・ろまん街に足を踏み入れたことから、再び運命が動き出すことになります。

 ミステリの趣向もある物語だけに、内容の核心に触れずここで語るのはなかなか難しいのですが、一言で表せば、本作で描かれているのは、二十五年前の真実と絡まって浮き彫りにされる、闇太郎の希望と絶望。
 記憶が自分を自分たらしめるものならば、記憶を持たない自分は一体何者なのか。自分の知らない自分を知っている人間に出会えば、自分は自分になれるのか――「自分」というものを求めて闇太郎は彷徨うのです。

 しかし、物語全体を眺めれば、「自分」を求めて彷徨うのは、一人闇太郎のみではありません。作中の主要人物の多くは、自覚的にせよ無自覚的にせよ、自分を、自分を規定する確たるものを持たぬまま生きる者として見えてきます。
 あるべき自分の姿を、人から奪われた者、人から押しつけられた者。自分らしく生きたいと願っても、今の自分から逃れたいと願っても、果たせず虚しさを抱えて生きる者…物語の舞台となるろまん街に集うのは、そんな連中であります。

 そしてまた、彼らから「自分」を奪ったもの、「自分」であることを妨げるものの一端が、舞台となる時代と、社会制度に起因することを思えば、本作が時代劇である意味はそこにあるのではないかとも感じられるのです。
(時代劇というものへの拘りという点では、中島かずき脚本の方が遙かに上と思えるのですけれどね)


 何だかわかったようなわからないようなことをとりとめもなく書きましたが、ギャグとアクションの数々に彩られたエンターテイメントとして面白いのは言うまでもなく、ドラマ面において本作は実に刺激的な作品であることだけは間違いありません。
 私が見に行ったのは、公演三日目でしたが、それでもかなりの仕上がりで、これからそれぞれの登場人物の演技がより研ぎ澄まされていけば、さらに素晴らしい作品になるのでは…と思いました。
(物販にCDがなかったのが、唯一残念なのですが…じゅんさんのダメすぎるPerfumeっぷりをCDで聞くことができないなんて!)


 最後に一つ、本作で非常に印象的だったのは、闇太郎が、傷つくたびに痛てえ痛てえと、実にみっともなく叫ぶこと。
 いのうえ歌舞伎の古田新太は、何度傷ついても立ち上がるスーパーヒーローか、強大な悪の首魁という印象があり、ここまで痛みを発露したことはなかったように記憶しています。

 しかし、本作においてはこれで間違いなく正しいのでしょう。本作は、闇太郎が、ヒーローでもなく怪物でもなく、人間としての自分を取り戻していく物語が本作なのですから…そしてそこには、人間ならではの痛みがつきまとうのですから。

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2009.03.16

「日本剣豪列伝」 剣の精神、剣の独自性

 今では書店で剣豪・剣術家の概説本をしばしば目にしますが、その現代における嚆矢は、中里介山の「日本武術神妙記」と、直木三十五の本書「日本剣豪列伝」ではないでしょうか。
 そのタイトル通り、数々の剣豪・剣術家の逸話を列伝形式で集めた本書は、しかし、筆者独自の視点が感じられて、古びるどころか今なお得るところが多いように思います。

 本書で取り上げられているのは、上泉信綱、伊藤一刀斎、柳生石舟斎と宗矩、宮本武蔵、辻月丹、平山子竜、斎藤弥九郎、千葉周作、山岡鉄舟等々…いずれも剣豪ファンにはお馴染みの顔ぶれではありますが、しかし本書が彼ら剣術家たちの生涯を語る上で特に力点を置いているのは、その心法、求道の精神であります。

 言い換えれば、本書で取り上げられている剣術家の選択は、単に剣の強さや逸話の多さというだけではなく、精神性の有無という点が、大きく働いていると言えます。

 剣術・武術における精神性を重視することには、功罪双方あるかとは思いますが、しかし――時代的な状況はあるとはいえ――人を傷つけるための技の修練から出発して、己を高める精神の修養に辿り着くというのは、世界中で絶無とは言いませんが、日本の剣術の一つの特色であることは間違いないでしょう。
(もっとも、本書における伊藤一刀斎擁護などはその点を強調しすぎた弊害とも思えますが…)


 なお、私の手元にあるのは河出文庫版ですが、こちらには筆者の論考「剣法の起源」「剣法の発達」が併録されています。
 こちらも題名の通りの内容ではありますが、「日本剣豪列伝」が、剣豪個々人の逸話から、日本の剣術の独自性を描き出していったのに対し、こちらは剣術剣法の誕生と発達を、より俯瞰的な視点から分析することにより独自性を検討してみせたという、いわば縦糸と横糸のような関係にあります。

 私は以前より、日本の剣技が「術」に始まり「法」を経て「道」に至る過程について非常に興味を持っていたのですが、本書はそんな私の疑問に対する、回答の一つを示してくれたようにも思えます。


 現在いずれの版も絶版となっているのは残念ですが――剣豪・剣術ファンであれば、ぜひ一度手に取っていただきたい一冊でありましょう。いずれ青空文庫に入るのではないかとは思いますが――


「日本剣豪列伝」(直木三十五 大東出版社ほか) Amazon

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2009.03.15

「劇画・漫画原画展」に植木金矢先生を見る

 この週末、13日(金)から浅草公会堂で開催されている、「劇画・漫画原画展」に行ってきました。
 時代劇画作家の植木金矢先生を中心に、幅広いジャンルの漫画の原画が展示された、ユニークなイベントです。

 植木金矢先生は、今でもリイド社の「コミック乱」系列に作品を発表されていますが、何と今年で八十七歳(!)。
 その植木先生の原画が見られるというだけでも有り難い話ですが、、植木先生だけでなく、元祖時代劇アジテーターの近藤ゆたか先生ほか、コミック乱関係の作家をはじめ、様々な方の原画を見られるということで、飛んでいってきました。

 展示されているのは以下の方々です(敬称略)

植木金矢 一本木蛮 李基成(イ・ギソン) 朴鍾烋(パク・ジョンヒュ~) 加藤礼次朗 近藤ゆたか ちばこなみ(粉味) 環望 深谷陽 堀内満里子 昌原光一 松本るい 森本サンゴ 三山のぼる と三山家 一峰大二

 さて、不勉強でまことにお恥ずかしいのですが、植木先生の作家生活のスタートは、絵物語の挿し絵から、とのこと。今回の展示では、その絵物語の原画も展示されており、じっくりと拝見することができましたが、昭和三十年代のそれらの作品の頃から、先生の絵がほとんど完成していたのには驚かされました。

 さすがに「端正」と評するのがふさわしい現在の絵には及びませんが、しかし戦後のかなりの時間を、先生がこの絵で、数限りない作品を送り出してきたのか…と、感心した次第。
 直接お話をすることはできませんでしたが、会場で拝見した先生は、お年には到底見えない矍鑠たるお姿で、これだけでも足を運んだ甲斐があった…と感じました。

 植木先生の展示は会場の約半分、それ以外は近藤先生、環望先生、三山のぼる先生(亡くなられたことを存じ上げなかったのは不覚…)等々、様々な先生方の原画の展示ですが、こちらは作風も内容も実に様々ながら、意外なところで意外な方の原画を見ることが出来たりして、思わぬ得をした気分(このサイト的にはやはり「剛神」と「ヒメガミ」ですな)。
 得をしたと言えば、植木先生の「十手舞」の原画と一緒に、五社英雄監督直筆の原作が展示されていたのを見ることができたのも、大いに得をした気分。


 最初は正直に言って何故浅草? という印象もあったのですが、しかし、実際に行ってみると、浅草の新しさと古さの入り交じった、そして日常と非日常が入り交じった空間が、想像以上にマッチしていて感心いたしました(そこまで計算していたかはわかりませんが…)。

 開催は16日までですが、入場無料ということもあり、植木先生ファンは言うまでもなく、近所に行かれる方は、こちらまで足を延ばしていただければ、なかなか面白い時間が過ごせるのではと思います。


 ちなみに…この展示会の内容とは別に感心したのは、かつて時代ものの(いやそれに限らず)絵物語にこれほど人気があったのか、ということ。まことに残念ながら現在ではほとんど滅亡した感のある絵物語ですが、その存在は決して忘れ去られて欲しくないと感じます。
 それと同時に、これまでフォローするとなったら、おっそろしく大変な道程だなあと愕然もしたのですが…

 あと、当時は鞍馬天狗がこれほど人気があったのか…と、描かれた「鞍馬剣士」など鞍馬天狗クローン(その他、額に三日月の傷が入った「三日月天狗」など、当時は大らかだったのですなあ)の数々にも、これまた別の意味で感心しましたが…

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2009.03.14

「表具屋夫婦事件帖」 ままならぬ想いを乗り越えて

 「ビッグコミック1」誌に掲載されてきた、高瀬理恵先生の「表具屋夫婦事件帖」がようやく単行本化されました。
 腕はいいが無愛想な表具師・斎之介と、元はその主筋で今は愛妻の千香の夫婦が出会う数々の「事件」を描いた連作集であります。

 元々、斎之介と千香の二人は、同じ高瀬先生の「公家侍秘録」に登場したキャラクター。
 公家・高丘家の妾腹の娘だった千香が、家の困窮を救うため女郎に身を落とし、それを、高丘家に仕えていた公家侍にして古筆守である斎之介が救ったエピソードで初登場したこのカップルは、その後も何度か顔を出していますが、ついにスピンオフして主役となったわけです。
(元々「公家侍秘録」自体が、「首斬り門人帳」のスピンオフ的存在であるので、スピンオフのスピンオフと言えるかもしれません)

 そんな本作で描かれるのは、京の町を舞台にした五つの物語ですが、それは、どれも天下国家の動きなどとは無縁ながら、しかしその中心にある人々にとっては重く大きな「事件」ばかり。
 その解決のために、主人公夫婦が奔走するというのが本作の趣向であります。

 京を舞台とした事件帖――特に、京ならではの文化等の事物を題材とした――という意味では、「公家侍秘録」と同様に見えますが、しかし本作ならではの特色は、いずれの物語も、男と女の情愛を中心に据えたものであることでしょう。

 身分制度など、独自の社会のしきたりというものは、江戸時代ならではのものでありますが、しかし、ままならぬ想いに苦しむ男女というのは時代を問わず普遍のもの。
 本作は、自分たち自身もそんな「事件」を経験してきた二人ならではの物語であります。

 二人の生活は、甘い甘いものではありますが、しかしそれは苦い過去を手を携えてくぐり抜けて末のもの。
 だからこそ二人の行動には、単なるお節介に止まらぬ説得力があるのでしょう。


 伝奇とは全く無関係の作品ではありますが、時にはこういう作品も良いものだと、心から思います。


「表具屋夫婦事件帖」(高瀬理恵 小学館ビッグコミックス) Amazon


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2009.03.13

「八雲百怪」第2巻 失われゆくものへの想い

 「八雲百怪」の第2巻が先日発売されました。これまで待たされた分が堰を切ったように…というのはいささか大袈裟ではありますが、二ヶ月連続刊行というのはやはりありがたいお話。この巻には、「コミックチャージ」誌掲載分のエピソードが掲載されています。

 この第2巻に収録されているのはの二つのエピソード。
 ある晩、背負うた子供が「自分を捨てたのはこんな晩だったな」と口にしたことから前世の罪の意識に悩まされる八雲が、異常に子宝に恵まれる村で起きた人体発火事件に巻き込まれる「こんな晩」。
 森鴎外の「舞姫」のモデルとなった女性・エリーゼが、若き日の姿で現れ、玉手箱で男たちの若さを吸い取っていく「儀来婆」。

 いずれも、あらすじにしてみると何がなんだか…ではありますが、しかし、一見ほとんど三題噺のような取り合わせを、伝奇的アイディアの面白さとキャラクター造形の巧みさ(八雲・三郎・八一そしてキクリの四人組はやりとりは、すでにほとんど完成した面白さがあります)、そして何よりも、近現代に対する明確な問題意識で、見事に料理してみせる大塚伝奇の味わいは本作でも健在であります。


 さて、本書に収められたエピソードは、どちらも実に面白いのですが、個人的に特に印象に残ったのは、「儀来婆」の方でした。

 このエピソードで描かれているのは、他の三話とはいささか異なる趣向の物語――確かに「門」は登場するものの、それを開けたモノ、そこから現れるモノは、他のエピソードのような日本の古ぶるしき世界に連なるものではほとんどなく、その意味では、それまでとは異なるスタイルの物語であります。

 その意味では、一見異色作ではあるのですが――しかし、このエピソードと他のエピソードには、やはり共通するものがあります。
…それは「失われゆくものへの想い」です。
 少々物語の核心に踏み込むことになりますが、このエピソードで描かれる事件の引き金となったのは、鴎外の、己の過去に対する想いの深さ。すでに失われ、取り戻すことのできない過去…そうであるけれども、いやそれだからこそ一層それを求める想いが強くなる、そんなモノであります。

 思えば他の三話で描かれたのも、引き金となったのは、そうした想いでありました。そこから出てくるモノはいささか異なれど、しかしそれを開けたモノは、同じ種類の想い…ということなのでしょう。

 そしてまた、鴎外にその想いを抱かせるきっかけとなったのが――それが表向きのものであるか、本質的なものであるかは別として――近代国家の国民である自分、という意識であることを思えば、このエピソードもまた、近代国家へと変貌しつつある日本の姿を切り出して見せたものと言えるのでしょう。


 「生きていく上でどうしても面差しが必要なのだ」という鴎外の言葉は、この上ないエゴではありますが、しかし我々それぞれにとって、大なり小なりその思いはあるもの。そしてそれを生涯拾い集めていたのが、八雲なのでしょう。
 その八雲がこれから出会うものは何か…それを最後まで見届けることができるよう、願っているところです。


「八雲百怪」第2巻(森美夏&大塚英志 角川書店) Amazon
八雲百怪 (2)


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2009.03.12

「必殺仕事人2009」 第8話「一発勝負」

 だいぶ遅れてほとんど次の回にかぶってしまいましたが、先週の「必殺仕事人2009」の感想。
 「必殺仕事人2009」の特徴の一つに、各回の豪華なゲストがあるかと思います。今回のゲストは長門裕之と神保悟志。それも長門裕之演じる老スリと主水さんが絡むというので大いに期待しておりました。

 ストーリー自体は、思わぬ秘密をスリとってしまったスリたちが、次々と黒幕に襲われ、仲間たちが復讐を決意するという、古今よくあるパターンではあるのですが、今回はそこにスリの親分である嘉助(長門裕之)と富吉(神保悟志)父子の複雑な愛憎を絡めたのが趣向の一つ。

 既に一線を退きながらも、未だに息子には全てを任せれず、一人暮らしを続ける伝説のスリ・嘉助と、そんな父にコンプレックスを感じ、憎みすらしながらも、子としての情愛を捨てきれない富吉…父と子でありながら、いやそうだからこそ互いの意地を捨てきれない――そしてそれが悲劇を生むことになる――二人の姿が、実にいいのです。

 ギラギラしたものを秘めながら、同時にどこか線の細さも感じさせる神保氏の演技と、もうどこからどこまでが演技なのかわからないような長門氏の豪快でへそ曲がりな爺っぷりが、物語の設定の味わいをよく引き出していたと思います。

 そしてもう一つの趣向は、主水と嘉助の、八丁堀とスリという立場を超えた二人の友情であります。
 既に老境に差し掛り、共に生き過ぎてしまったという想いを抱える同士のやりとりは、あまり深刻にならないような顔合わせだからこそ、なおさら胸に迫るものがあります。
(そしてまた、嘉助が主水の裏家業に気付いていたことをほのめかす描写もまたいい)

 これはいつか書こうと思ってきたのですが、今回のシリーズの主水さんの佇まいは、単に老仕事人というのではなく、その言動の端々に「生き延びてしまった」者の哀感があるように感じられます。
 このような見方は、これまでのシリーズの積み重ねがあってかもしれませんが、今回、嘉助が主水に託した仇の太刀――この太刀、息子の仇討ちのため、下手人の差料を嘉助が公衆の面前でスリ取ったものというのがまた凄い――を前に見せた厳粛な表情は、また一人、昔馴染みを見送ることになってしまった悲しみがあるように感じられたことです。


 実のところ、今回は必殺としては、極めてオーソドックスなスタイル――つまりフォーマット通り――だったのですが、しかしドラマ面を充実させることにより、見応えある佳品として仕上がっていたかと思います。

 仕事シーンについては、色々ツッコミどころはありましたが…まあこれも冒険心の表れということで一つ。
(しかし涼次の仕事だけはどうにも。あれは絶対後ろから見えてるって…)


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2009.03.11

「神出鬼没! 戦国忍者伝」 忍者を通じて描いた歴史

 冷静に考えると、ほとんど毎月時代小説アンソロジーを刊行しているPHP研究所は、今最も短編時代小説に理解のある出版社なのかも知れません。
 今月刊行された「神出鬼没! 戦国忍者伝」も、そんなアンソロジーの一つ。タイトル通り忍者もののアンソロジーではありますが、その内容は、いかにも編者の細谷正充氏らしい、実に興味深いチョイスの作品集であります。

 本書に収録された作品は、全部で八編。その内容は、以下に示すように、一作を除き、いずれも後世に名を残す名忍者を主役に据えた作品であります。

「猿飛佐助の死」(五味康祐)…猿飛佐助
「決死の伊賀越え――忍者頭目服部半蔵」(滝口康彦)…服部半蔵正成
「最後の忍者――天正伊賀の乱」(神坂次郎)
「叛(はん)」(綱淵謙錠)…果心居士
「女忍小袖始末」(光瀬龍)…望月千代女
「関ヶ原忍び風」(徳永真一郎)…山岡道阿弥
「百々地三太夫」(柴田錬三郎)…百々地三太夫
「半蔵門外の変」(戸部新十郎)…服部半蔵正就(二代目半蔵)


 いずれも錚々たる顔ぶれ、まさに戦国忍者オールスターといったところですが、しかし、それだけで終わらないのが本書の趣向であります。

 実は本書に収録された作品の多くは、よそではほとんどお目にかかれないレアもの揃い。
 かなりメジャーな「猿飛佐助の死」と「百々地三太夫」を除けば、他のアンソロジーへの収録はおろか、雑誌初出以来初めて本に収められたのでは…という作品が並んでおります。

 この辺り、如何にも凡手を嫌う編者らしいチョイスだなあと思わずニンマリするとともに、滅多に出会うことの出来ない作品を、こういう形で発掘してくれることに、ありがたい気持ちで一杯であります。

 もちろん、本書においては単に珍しいというだけで作品が選ばれたわけではありません。
 いずれの作品も、忍者ものとして面白いのは当然のこととして、そこに止まらず、作者が忍者を通じて描こうとしたものの存在――例えば歴史解釈、例えば人間観察といったもの――をしっかりと感じさせてくれるのです。
 単に忍者を描くのみならず、忍者を通じて歴史を、人間を描く。本書に収められたのは、そんな時代小説として優れた作品、時代小説の醍醐味が溢れている作品ばかりであります。

 ちなみに私が一番気に入ったのは、巻末の「半蔵門外の変」。決して凡愚ではないのに、事ある毎に忍者失格の烙印を押される二代目半蔵の姿には、単に彼一人だけでなく、いつの世にも存在するある種の人間像を突きつけられた気分で、何とも複雑な気分にさせられたことです(そして戸部先生らしからぬ…いや、先生らしい結末のブラックな味わいにドキリと)。


 単に忍者ファンのみならず、時代小説ファンであればきっと楽しめる、新しい発見のある一冊であります。


「神出鬼没! 戦国忍者伝」(柴田錬三郎ほか PHP文庫) Amazon
神出鬼没! 戦国忍者伝 (PHP文庫)

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2009.03.10

「ぬっへっほふ」 未来に待っていたもの

 歴代足利将軍の死には、いずれも隠された事実があった。歴代将軍の前にどこからともなく現れる妖怪ぬっへっほふ――その「おわりをまて」という囁きを聞かされた直後に、歴代将軍は頓死していたのだ。ぬっへっほふの正体は、そしてその囁きの意味は…

 私にとって「異形コレクション」の隠れた名物は、各巻の特異なテーマを、いずれも室町伝奇もので見事に打ち返してみせる朝松健先生の作品であります。
 本作は「異形コレクション」の「未来妖怪」に収録された作品。「未来妖怪」というテーマ自体、何とも曖昧模糊として妖怪じみたものですが、「未来」という、室町時代…すなわち「過去」とは正反対にあるように見える概念を生かして、驚くべし、本作は室町伝奇にして見事に「未来妖怪」を扱った作品となっております。

 足利将軍列伝――さらに言えば室町通史として、最も奇怪な作品の一つであろう本作は、初代将軍たる尊氏の章に「マイナス15」と付されたのに続き、徐々にゼロに向かって章題(?)がカウントダウンされていきます。
 足利将軍の座に就いた以外、共通点などほとんどない歴代将軍を共通して襲う妖怪、というだけでも不気味でありますが、更に謎めいているのは、その妖怪「ぬっへっほふ」の囁く「おわりをまて」という言葉。

 その言葉の真の意味は、終盤に近づくにつれて「あれか!」と気付く方はいらっしゃると思いますし、その結末については「田中啓文?」と思った方も多いのではないかと思いますが、しかしその落し噺的結末の脱力感には、もう一つ別の脱力感が含まれているように私には感じられます。

 それは人間の血脈の無常に対する脱力感とでも言いましょうか――
 足利将軍家の辿ってきた歴史――それは同時に、彼らが築き、まがりなりにも治めてきた室町という時代でもあります――の行き着くところ、すなわち「未来」に待っていたのはこのような「もの」であったのか、彼らの生はこのような「もの」を生み出すためであったのかと、人の生の意味、人が代を重ねる生の意味を、考えさせられたことです。


 そう考ると、結末で描かれたある事実を「歴史は繰り返す」などという言葉とともに受け止めてしまうことは、あまりにも恐ろしいことに感じられます。
 本作の一番の恐怖はまさにこの点にあるというのは、私の考えすぎでしょうか。未来に待っていた妖怪、その正体は…願わくばその囁きは聞きたくない、聞かせたくないものです。


「ぬっへっほふ」(朝松健 光文社文庫「異形コレクション 未来妖怪」所収) Amazon
未来妖怪―異形コレクション (光文社文庫)

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2009.03.09

「浪花の華 緒方洪庵事件帳」を見終えて

 さて、千明様ファンのタワゴトを交えつつも、最後まで感想を書くことができましたが、本作について振り返ってみれば、短い時間の中に込められるだけのものを込めた、実に中身の濃い、満足度の高い作品であったかと思います。

 原作の柱であった、事件の中から浮かび上がる当時の大坂の生の姿という要素をほとんど丸ごとオミットしてしまったのには、初めは驚いたものですが、しかしその分、章の成長に集中してドラマを展開してみせたのは、これは見事な取捨選択であったと言うほかありません。

 一回三十分という、時間的制約からくる苦肉の策であったろうとは思いますが、しかし、それをバネにしての見事なアレンジにより、原作者も認めるアナザーバージョンとしてみせたスタッフに敬意を表したいと思います。


 しかしそれを成立させることができたのも、主役二人の好演あってこそ。

 窪田正孝さんは、最初はアワアワしてばかりで「本当に大丈夫かな?」とこちらに思わせておいて、中盤からの成長ぶりでそれを全てひっくり返すという、一杯食わせものぶりに、ただただ感心。
 真摯な瞳で、自分の想いに誠実に生きようとする姿は、まさに章そのものでした。

 そして千明様は…これはもう本当にハマり役と言うほかありません。
 クールビューティーな佇まいと、そこから何かの拍子にこぼれ落ちる乙女っぽさ――当然後者は後半になって初めて見えてくる訳ですが――を、見事に表現してみせたそのお姿には、ただただ感動。
 毎週良いもの見せてもらいました…と伏し拝みたくなる、というのは大げさですが、千明様あっての左近殿、というのは万民が納得してくれるに違いないと確信しております。

 まあ、第一話に、原作になかった章をボコる左近殿というシーンを入れた時点で、このスタッフは出来ておる喃、と思っていたわけですが…


 何はともあれ、約二ヶ月という短い時間でしたが、本当に楽しい作品でした。
 正直なところ、これで終わり? 勿体ない…という気持ちもありますが、やはり惜しまれながら終わるくらいがちょうどいいのでしょう。

 もちろん、ドラマオリジナルで江戸編をやってくれるというのであれば、それはそれで大いに歓迎しますけどね!


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 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第2回「想いびと」
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 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第4回「哀しき宿命」
 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第5回「北前船始末」(前編)
 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第6回「北前船始末」(後編)
 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第7回「左近を救え」
 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第8回「蘭方医の戦い」
 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第9回「明日の華」
 「禁書売り 緒方洪庵 浪華の事件帳」 浮かび上がる大坂の現実
 「北前船始末 緒方洪庵 浪華の事件帳」 二人の距離、大坂との距離

関連サイト
 公式サイト
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2009.03.08

「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第9回「明日の華」

 ついに「浪花の華 緒方洪庵事件帳」も今回で最終回。この時を楽しみにしていたような、見たくなかったような…なラストですが、最後まで爽やかな後味で、大いに満足いたしました。

 やっぱり川落ちして生きていた佐伯(しかし加藤虎之介は悪役が似合う…大坂商人とは意外なところで因縁があるようですしね)に捕らわれた天游を救い出そうとするも、自分も捕らわれてしまった章と、彼を救い出そうと必死に戦う左近。

 前回の物語を受けた後編ともいうべき部分は、比較的あっさりと――蘭学者の心意気を語る天游先生など、いいシーンももちろんあったのですが――終わって、後半ほとんどを使って描かれるのは、章と大坂の、左近との別れであります。

 また大坂に戻ってくると誓いながらも、最後までその後の一言を言えない、もう一歩を踏み出せない章。お前は日本一煮え切らない男だと憎まれ口を叩きつつも、背を向けて歩き出した時に涙を落とす左近。

 これだけ見れば気持ちがすれ違った末の、悲しい別れのようにも見えますが、しかしそれもこれも、互いを認め合った上で、それぞれの道をしっかりと踏みしめて歩いていこうという、素晴らしく前向きな想いがあってこそ。
 二人の間にある乗り越えられない壁を認めつつも、それを前向きに捉えて生きていこうといく二人の姿には、実に爽やかな印象を受けました。
(でも、左近殿の「おもろい」の気恥ずかしさは異常)

 その印象そのままに、実に晴れやかな笑顔で旅路を行く章。その彼の背中に被さるナレーションが、オープニングを受けたものであるのがまた泣かせます。
 エンディング曲も、このラストのために作ったとしか思えないようなハマりぶりで、胸に迫るものがありました。
 堂々の大団円…そう言い切って間違いはないでしょう。
(長くなってしまったので、作品を通しての感想は次回書きます。)


 ――しかし、章の「俺は大坂が好きだ!」という叫びは、「私はクレメンタインという名前が好きです」と同じ匂いの男の純情が感じられて好きだなあ。

 あと、最終回になってキングオブツンデレの座を左近殿から奪っていったお定先生に萌え…はやっぱり無理ですごめんなさい。


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2009.03.07

「射雕英雄伝」漫画版刊行スタート!

 武侠小説の巨匠・金庸先生の代表作「射雕英雄伝」(「雕」は正しくは「周+鳥」)の漫画版が日本でも刊行されると聞き、発売を楽しみにしていましたが、このたび第3巻までが一挙発売となりました。
 作画を担当するのは李志清先生。金庸作品の邦訳単行本で挿絵を担当しており、漫画の方は日本でも「三国志」「孫子兵法」が刊行されていますが、まず間違いなく、金庸作品を漫画化するのに相応しい漫画家の一人でしょう。

 この漫画版は全19巻(!)。原作もかなりの長編ですが、漫画版はこの巻数ということは、その原作を忠実に漫画化していくということなのでしょう。

 事実、まず第1巻を手に取ってみれば、原作で描かれた一つ一つの場面を――もちろんダイジェストしている部分もなきにしもあらずですが――真っ正面から驚くほど丁寧に漫画化しており、驚かされます。
 この第1巻では、父を金兵に殺され、数奇な運命を経た末にモンゴルで暮らす少年郭靖が、江南七怪に見出されるまで。つまり序盤の序盤ですが、丘処機のb…豪快さ、江南七怪のくせ者加減、チンギス・ハーンの剛勇ぶりが遺憾なく描き出されていて、人物描写については原作ファンであっても納得なのではないかと思います。

 そして武侠ものといえばアクションですが、こちらもなかなか。失礼ながら挿絵としては格別、漫画の場合、李志清先生の描くアクション――それも常人を遙かに超えた武功の世界の――はどうなのかな、と思っておりましたが、こちらの再現度も思っていた以上でありました。
(酔仙楼でのアクションはちょっと厳しい部分もあったかなあ、とは感じますが…)

 ただ、良くも悪くも真面目な画風・作風のためか、登場人物のビジュアルに飛び抜けた個性が乏しいようにも感じられるのですが…これはまあ、これから次々と登場するさらなる奇人怪人のキャラクターに期待いたしましょう。毒物エプロンじじいとか。


 冒頭に述べたようにこの漫画版は全19巻。2月に3巻刊行された後、毎月2巻ずつの刊行とのことで、当分の間、楽しむことができそうです。
(同じ李志清先生の漫画版「笑傲江湖」もぜひ邦訳していただきたいものですが…全30巻とかになってしまうのかしら)


 ちなみに「射雕英雄伝」については、我が国でも「少年シリウス」誌で、白井三二朗氏による漫画化が開始されたばかり。こちらの出来映えも気になるところです。


 しかし、改めて見てみると丘処機って本当に…弟子世代はアレだしなあ。


「射雕英雄伝」第1巻(李志清&金庸 徳間書店トクマコミックス) Amazon
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2009.03.06

「魔人ハンターミツルギ」を見終えて

 ダラダラと続けてきた「魔人ハンターミツルギ」紹介ですが、全十二話を通して見た上での感想を、最後に書いておきたいと思います。

 本作を語る――というよりツッコミを入れる――上で、まず真っ先に上がるであろう二つの点、すなわち「主人公がヘルメット、に代表される時代劇らしくなさ」と「巨大化したら小さく見える、と言われるほど人形アニメーションがしょっぱい」については、これは全く同感というか、紛れもない事実ではあります。

 前者については、これだけに頼られても困るけれどもそれがないとやっぱり困る時代劇としての記号的部分が、主人公のところだけぽっかりと抜けてしまっているという状態で、さすがにこれはまずいでしょう、という印象。時代もののコスチュームをアレンジしたというレベルでないのが既にマズイでしょう。

 後者は、番組の最大のウリであったはずの要素が、逆に足を引っ張りかねないという更にマズイ状態。意欲は大いに買いますし、確かにユニークな容姿の怪獣も多く楽しめたのですが…逆スケール感溢れる特撮テクニックは置いておくとしても、人形とはいえやはりアクションには殺陣というものが大事ですね、と言うほかありません。


 しかし――これほどの欠点があってもなお、私が本作に大きな魅力を感じるのは、主人公の独特のスタンスであります。

 これは第一話から描かれていることですが、三兄弟にとっては、当時の――後述するように不安定なものであれ――支配層であった徳川家は、忠誠心を持つはおろか敬意を払うに値しない存在として、劇中では描かれます。
 もちろん、特撮ヒーローが(そこに所属している場合はさておき)政府や公権力にべったり、というケースは少ないのですが、それにしても三兄弟の場合はいささか度が過ぎていて、第4話のように、幕府の金蔵を破った上に、千両箱に爆弾を仕込んで怪獣を爆殺というのはその最たるものではないかと思います。

 さらにこのケースに見られるように、魔人サソリの悪事を阻むためであれば、手段は選ばず、立ちふさがる者は容赦しないという独特の非情さは、特に銀河のヒーローらしからぬ行動に代表されて、全編を通じて描かれています。
(そしてその個性が物語と最もスイングしたのが、第11話であることは間違いありません)

 このような色々な意味でアナーキーなヒーローが活躍できたのは、本作の舞台が、危ういバランスで秩序が成立していた、江戸時代初期(第1話で家康が大御所であったこと、第8話で関ヶ原の落ち武者狩りが行われていることから判断できます)であったからではないか…と、感じられます。

 宇宙からの侵略者に抗するのに、政府が当たるのではなく、人知れず生き延びてきた一族が当たるというのは、伝奇もの、ヒーローものとして定番ではありますが、しかしそこに一定の説得力が生まれるのは、政府に代表される秩序が未成熟であればこそ…というのはいささか牽強付会かもしれませんが、少なくとも本作においてはその図式が当てはまるように思えます。

 ちなみに、第7話に登場した、銀河の幼馴染みら剣持一族の運命を思うにつけ、世俗の権力から一定の距離を置く――もちろん自分たちが権力の座に就こうともしない――ミツルギ一族の姿に、「まつろわぬ者」の一つの身の処し方を見るのですがいかがでしょう。


 話があちこちに飛んでしまいましたが、最初に述べたように、特撮時代劇ヒーローものとしてほとんど致命的な欠点を持ちながらも、本作が、この舞台でなければ描けないような特異なヒーロー、特異な物語を描いていたことは、忘れてはならないと感じる次第です。
(もっとも、それを自覚していたのはまつしまとしあき氏だけではないか、と思えてしまうのが困ったものですが…)


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2009.03.05

魔人ハンターミツルギ 第12話「サソリ軍団全滅作戦」

 次々と幕府の要人を暗殺するサソリ軍団。これに挑む三兄弟の前に出現したマグネッシーは、強力な磁力でミツルギの短刀を引き寄せ、変身不可能としてしまう。この絶体絶命の危機に、一族の長老・道半は、自らを犠牲にしつつ、第二の守護神・黄金の仏像を甦らせる。その力で怪獣を粉砕したミツルギは、残る魔人サソリも打ち倒したのだった。

・突然欠ける月。月の軌道が狂い始めたのだ! 魔人サソリの陰謀の予感に振るえる三兄弟ですが…(この後結局月については触れられることなし)

・怪しげな笛の音と共に、何故か肩が凝った幕府老中・本多。ちょうど通りかかった按摩を屋敷に導き入れますが…肩を揉みながら、怪しい表情を見せる按摩。その手が老中の首筋に走り、首に赤いサソリの印を残して老中は絶命…前回に続き、今回も盲人が悪人とは!

・マグネッシーの磁力に短刀を奪われかける三兄弟。変身を封じられた三兄弟は、長老から、必死の祈りによって出現するという第二の守護神・黄金の仏像の伝説を聞かされます。

・半蔵の配下が警護につくも、あっさりと蹴散らされ、拉致される土屋老中と本多老中の息子。ちなみにこの時のサソリ按摩の殺陣がやたら動きがいいのが目を引きます。

・その後を追う銀河と彗星は、一瞬相手の時間を止めるという反則技をさりげなく使って人質と入れ替わり、サソリ軍団を一掃。

・赤いサソリに変じたサソリ按摩に手裏剣を命中させる銀河。さらに抜き身の短刀を下の地面に立てて、人間体に戻って落ちてきたら突き刺さるようにしておく兄さんマジ鬼畜。

・そこに最強の怪獣マグネッシー出現。全く威厳のないひょろっちい体ながら、発する磁力で周囲の金属を次々と引き寄せます。ミツルギの短刀までも引き寄せられては変身が不可能になってしまうと必死に抗う三兄弟ですが…

・その戦いの最中、黄金の仏像を復活させるべく必死に祈る道半長老。あまりに必死すぎて、その祈りの様は完全にギャグの域に…

・ついに耐えきれず短刀もろとも三兄弟は宙へ。無駄に長い飛行シーンの後、天から稲妻を落とす稲妻の術で怪獣をひるませ、何とか解放されます。

・すかさず変身、巨大神ミツルギの登場ですが、むしろミツルギの方が全身金属(間抜けだ…)。あばばばばかでっていうのAAのようなふざけた顔と格好で走り回るマグネッシーに引きずり回されます。でもこの時の抗うミツルギの特撮はなかなか良くできていたり。

・そんな中、ついに道半の祈りが通じ、地中からズモモモモと黄金仏出現! 力つきた道半は地に伏して、爆発(本当)。

・ついに剣と盾も奪われて絶体絶命のミツルギ。そこに出現した黄金仏はあっさりと磁力をカットして武器を奪い返し、勢いに乗ったミツルギも怪獣をあっさり粉砕。

・そこでアップの魔人サソリに、後ろから飛び出してくる魔人の全体像が何度も重なるという謎の演出。魔人さまの力が奪われたことを表現したかったのか?

・変身を解いた三兄弟の前に、魔人さまがついに出現。…手下も連れずにたった一人で。しかしその変な超能力は三兄弟を火炎に包み、苦しめます。

・しかしそこに再び仏様が出現。その眼光は魔人さまの超能力を打ち破り、逆に魔人さまを炎に包みます。そこで「苦しめ! もっと苦しめ!」と叫ぶ銀河兄さんやっぱり鬼畜。

・とどめの手榴弾攻撃に吹き飛ぶ魔人サソリ…何はともあれ悪は滅び、ついに平和が!

・長老の墓に手を合わせ、半蔵に別れを告げて何処かへ去っていく三兄弟。しかし悪が再び現れたときは、再び平和のために立ち上がってくれるだろう…(完)


 ドシリアスな前回から一変、最終回だというのに緊迫というより爆笑ムードとなってしまった今回。
 いきなり最後の怪獣、というのは昔の特撮によくあったのでいいとして、味方側も唐突に一族の第二の守護神の設定が登場(これもまあよくある)。

 その後の展開は、「本人は真面目にやっているのかもしれないけれども、端から見るとギャグそのもの」という困ったシーンの連続で、悪の首領を手榴弾で爆殺という、時代劇としてそれはどうなのかしら的結末に至って、一体自分は何を見ていたんだろう…とハッと我に返りました。

 しかしこの何とも困った展開も、確かに「ミツルギ」の味わいの一つ。それが最終回にふさわしいかどうかはともかくとして、楽しめたのは間違いないのですから…
(次回、本作全体を通しての感想を書きます。)


今回の怪獣
マグネッシー

 魔人サソリが全知全能を傾けて生み出した最後にして最強の怪獣。目が可愛い恐竜っぽい外見だが、全身から発する強力な磁気で金属を吸い寄せ、吸収してしまう。ミツルギの短剣、さらに巨大神ミツルギの剣や盾、さらにミツルギ本体までも吸い寄せてしまうが、ミツルギ一族第二の守護神・黄金の仏像の力で力を封じられ、火炎弾で粉砕された。


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2009.03.04

「大正探偵怪奇譚 鬼子」 鬼と人の間に

 時は平安、酒呑童子の遺児・夜叉丸と地獄丸は、彼らの母・茨木と共に隠れ棲んでいた。そんな彼らの前に現れた凄腕の男・鴉法眼に敗れ、深手を負った夜叉丸は、椿という美しい娘に助けられる。身よりのない子供たちと暮らす椿と共に過ごすうちに、夜叉丸の心にも変化が生じるが…

 「大正探偵怪奇譚」の第二弾は、大正と謳いつつもなんと舞台は遠く遡って平安時代を舞台として描かれる物語。。
 原作舞台ではシリーズ二作目ながら「第壱夜」と冠しての上演だったとのことですが、言うなればエピソードゼロ、大正の世では怪奇探偵として暮らす丑三進ノ助とその宿敵・紅蜘蛛戒の過去の姿を描くビフォアストーリーですが、これが想像以上に楽しめました。

 荒ぶる人食い鬼であった夜叉丸が、思わぬ傷を負って美少女・椿に助けられ、身よりのないもの同士肩を寄せ合って生きる椿たちと共に過ごすうちに、人間という存在と触れあい、いつしか鬼としての心を忘れていくも…
 という本作の物語構造はかなりシンプルであり、また、人としての心を持たない者が、人の純粋な心と触れ合ううちに、人の心を理解していくという趣向も、しばしば見かけるものではあります。

 が、本作の場合は、そのシンプルさ、ストレートさが、少しずつ、しかし着実に変化していく夜叉丸の心を浮き彫りにする効果を挙げていると感じられるのです。

 そして…それと同時に物語られるのは、人と鬼との間にいかなる違いがあるのか、というテーマ。
 弱肉強食を体現するが如く、人間を襲い、喰らうことを当然と考える(かつての)夜叉丸と地獄丸。彼らの姿は、まさに「鬼」そのものではあるのですが、しかし同時に、彼らの心には、母や兄弟を大切に想い慈しむ心――すなわち、愛があるのです。

 自分より弱きものを喰らうのは、人もまた同じ。それでは他者を愛する鬼と、人との間にいかなる差異があるのか…本作のそんな問いかけは、その愛ゆえに引き起こされたクライマックスの悲劇で、頂点に達します。


 そして再び時間軸は戻り、大正の世で人として暮らす進ノ助の前に現れた者たち。
 新たなる因縁の始まりを予感させて物語は一旦の結末を迎えますが――

 さて、第三弾も小説化されるのか、それはまだわかりませんが、その時を心待ちにしているところです。


「大正探偵怪奇譚 鬼子」(揚羽千景&松田環 徳間デュアル文庫) Amazon
大正探偵怪奇譚〈第2巻〉鬼子 (徳間デュアル文庫)


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2009.03.03

「無限の住人」第24巻 二人の凶獣

 最終章に入ってから盛り上がりっぱなしの「無限の住人」の最新第24巻で描かれるのは、凶人・尸良と万次の血戦。万次に対して異常な執着を見せる尸良の新たな力の前に苦戦を強いられる万次と凛の運命は…

 変人変態の少なくない本作において、まず出くわしたくない筆頭である尸良。その尸良が不死身に…という展開は、正直なところ不死力解明編のラストで万次の腕を奪って消えた時点で予想できましたが(そして引っぱるだけ引っぱった不死力解明編の身も蓋もない結論にガックリときましたが)、しかし、一番不死になってはいけないような男が不死になってしまったのは間違いのない話。

 真冬の水の中に凛を沈め、その息の根が止まる前に自分を倒せと迫る姿は、なんというか、冷静に考えると男塾チックなものがありますが、そんな阿呆な感想も吹っ飛ぶほど、絵のクオリティは相変わらず――いやこれまでにも増して高い。
 万次も尸良も、ただ得物を手にして立つだけで実に絵になるものです。

 しかし体質は同等で剣力はほぼ互角、共に同じ隻腕…となれば、勝負を分けるのは精神――気合いの問題ですが、その点で万次を上回ったのは尸良の妄執。凛を助けようと焦る万次は、更なる罠の前に凛ともども絶体絶命の危機に…というところで思わぬ(?)助っ人の登場に、いよいよ状況はわからなくなりますが、しかし個人的に気になるのは、この万次を追い詰めた後に尸良が見せる、人間らしい表情と述懐。
 それまでの狂気が嘘のようなその姿は、あるいは彼らしい気まぐれの一つなのかもしれませんが…尸良についてはその他にも、いくつか違和感、ひっかかりを感じる部分があったのですが…さて


 と、ほとんどを万次対尸良に費やされてしまったために割を食った感がありますが、見逃せないのはこの巻の冒頭での逸刀流・馬絽祐実の大暴れ。前巻からの続きで、江戸城脱出の途中に番士たちに捕らわれた馬絽が見せる、凄まじい剣技たるや…!

 帯で凶獣と評されているのは尸良ですが、手負いの状態から十人以上の番士を向こうに回し、斬るというより粉砕するというのが相応しいような颶風の如き大殺陣を演じた馬絽もまた――その精神のあり方も含めて――凶獣と呼ぶに相応しいと感じます。

 そして、その大殺陣の描写もまた素晴らしい。アクロバティックな殺陣の描写には連載当初から定評のある作品ですが、数ページに渡って描かれるその描写には、まだこのような手があったか! と大いに感心いたしました。
 現実的ではない、と言う方もいるかもしれませんが、作品の中で描かれたものこそが、漫画における現実。ここで描かれた馬絽の大殺陣は、まぎれもなく現実の迫力と重みを持って感じられるものであったと感じます。


 …今までニセ万次とか言っててごめんね。


「無限の住人」第24巻(沙村広明 講談社アフタヌーンKC) Amazon
無限の住人 24 (24) (アフタヌーンKC)


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2009.03.02

「身も心も 妻は、くノ一」 静山というアクセント

 三ヶ月連続刊行ももうラスト、「妻は、くノ一」の第三巻「身も心も」が発売されました。
 前巻からの引きは幸い大事にならずにすみましたが、しかし彦馬と織江の愛の行方はいよいよますます前途多難であります。

 三巻目にして、既に物語に完全に安定感が備わった感のある本作。
 安定しているというのは、よく言えばスタイルが確立されたということであり、意地悪に見ればパターン化されたということかもしれませんが、しかしいずれにせよこの安定感が、もどかしい二人の物語とマッチしているのは間違いないことだと思います。

 そして、そんな物語に絶妙なアクセントとなっているのが、松浦静山の存在でしょう。
 平戸藩主としては藩政改革・教学振興に積極的に取り組み、また自身は文武に優れ、特に剣術は殿様芸の域を遙かに越えた達人。そして何よりも、怪談奇談を数多く含んだ随筆集「甲子夜話」の筆者――史実から見ただけでも実に個性的なだけに、時代小説に登場することも少なくない人物ですが、本作のアレンジはちょっと類を見ないユニークなものであります。
(ちなみにこの巻では、静山を巡る第三勢力として、時代ものではお馴染みの――そして静山とは不思議な縁のある――あの人物が登場。まだほとんど顔見せ程度ですが、これからの動きが気になります)

 隠居して飄々と暮らしながらも、その一方で、ある意味、国を破壊しかねない大望を抱く…本作の静山は、彦馬の、そして織江の運命に大きな影響を与える――というより、そもそも静山がいなければ二人が出会うこともなかったのですが――巨星として、物語の中心に鎮座しているのです。


 松浦静山をはじめとする人々が持ち込む怪事件・珍事件に挑む彦馬の活躍を縦糸に、その静山の周囲を探る任を受けた織江の苦難と苦悩に満ちた探索行を横糸に織り上げられる本作。

 そこに浮かび上がる物語は、実に面白く、いつまでも読んでいたいと思わせる一方で、物語が続けば続くほど二人の苦しみはつのるばかり。
 幸いにもと言うべきか、残念ながらというべきか――三ヶ月連続刊行の後もシリーズは続くようですが、こうなったら少しでも早く、続く物語を見せていただきたいものです。


「身も心も 妻は、くノ一」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
身も心も  妻は、くノ一 3 (角川文庫)


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2009.03.01

「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第8回「蘭方医の戦い」

 いよいよ残すところはあと二回、真剣に名残惜しくなってきました「浪花の華」。
 千明様の男装を拝見できるのもあと二回orz…というのはさておき、原作のラストエピソードが、前後編で展開されることとなります。

 前回ラストで師匠から江戸留学を打診された章の前に現れたのは、師の同門の蘭学者・日高と佐伯の師弟。しかしその日高が市中で射殺され、その現場には左近の姿が。
 左近の関与を疑う(左近殿だったら殺しの道具はゴーゴーボールだろうJK)のを口実に、江戸行きを告げてもあっさりスルーされ、大いに凹んだ章の前に現れたのは、事件の犯人である佐伯で…

 そしてここからが今回のハイライト。蘭学を世に認めさせ、その力で社会を変えていこうとする佐伯と、蘭学はあくまでも人を救うためのものと信じる章、共に蘭学を学びながらも、全く信念を異にする二人が、真っ向からぶつかり合うこととなります。――これこそが「蘭方医の戦い」。

 かつて章は、自分の戦いは、蘭学者として、医師としてのものだと決意しますが、ではその戦いは何のためのものであるのか?
 二人の対決から描き出されるのは、人生の重大な岐路を前にしての章の戦いの目的であり、そしてそれは同時に、章のさらなる成長の証であります。
(この辺り、章の成長に焦点を当てて描いてきたこのドラマの到達点として、実にうまいと思います)

 そしてその場に駆けつけた左近をかばって、凶弾に倒れる章――と、その身を守ったのが、懐に入れていた医術の道具というのはベタもベタですが、人を支配する道具として蘭学を用いる者の銃弾を、人を守るために蘭学を用いる者の道具が防ぐというのも、分かり易く象徴的で良いと思います。

 そしてもう一つのハイライトは、章が撃たれた時の左近殿の動揺っぷり。いやはや、鬼神のようなツンデレぶりに感動いたしました。
 真面目な話、それまでのクールな彼女が、章が撃たれた瞬間、仮面を脱ぎ捨てたように豊かな表情を見せるのが非常に印象的で、左近の章への想いが、このシーンで一気に爆発した感があります。

 このまま最終回でもいいのでは、という感じの二人はさておき、場面変わって現れたのは、左近に撃たれて川に消えた佐伯。やはり川落ちは生存フラグだよな、というのはさておき、その復讐の魔手は天游先生を狙って…というところで次回ついに最終回。予告を見ただけで期待感が募りますが…


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