« 「日本剣豪列伝」 剣の精神、剣の独自性 | トップページ | 「恋の闇 六代目小太郎」 止むに止まれぬ想いを抱えて »

2009.03.17

「蜉蝣峠」 陽炎の向こうに自分を求めて

 荒涼たる蜉蝣峠から、闇太郎と名乗る男が降りてきた。二十五年前、ろまん街で起きた大通り魔事件の数少ない生き残りである闇太郎は、記憶を失い、それ以来峠で誰かを待っていたのだ。折しも街では立派と天晴、二つの勢力の縄張り争いが激化していた。そこで闇太郎の前に現れたお泪という女は、彼と将来を誓い合っていたというのだが…

 考えてみればずいぶん久しぶりの劇団☆新感線いのうえ歌舞伎、今回は脚本にクドカンを迎えての「蜉蝣峠」であります。
 ベタでおバカなギャグの連発(しかも今回はクドカンらしく下品なギャグ率高し)の一方で、ドシリアスなドラマが展開するいのうえ歌舞伎らしく、本作も冒頭から、本当にこれでいいのかしら…と不安になるくらいのギャグ展開(古田さんは冒頭からしてあだ名通りの格好だし…はだか侍よりヒドイ)。クールなキャラも重いキャラも皆揃ってバカをやる一方で、過去を失った男、己を見失った人間たちの、重い人間ドラマが並行して描かれた末、物語は血で血を洗う大殺陣で幕を下ろすことになります。

 古田新太が演じる物語の主人公は、己の過去をなくした男・闇太郎。過去に大虐殺事件に巻き込まれたショックで己の名の他一切の記憶を失い、ただ何者かに告げられた言葉をもとに、蜉蝣峠で誰かを待ち続けていた…そんなミステリアスな男が、ついに蜉蝣峠を離れ、かつての惨劇の舞台・ろまん街に足を踏み入れたことから、再び運命が動き出すことになります。

 ミステリの趣向もある物語だけに、内容の核心に触れずここで語るのはなかなか難しいのですが、一言で表せば、本作で描かれているのは、二十五年前の真実と絡まって浮き彫りにされる、闇太郎の希望と絶望。
 記憶が自分を自分たらしめるものならば、記憶を持たない自分は一体何者なのか。自分の知らない自分を知っている人間に出会えば、自分は自分になれるのか――「自分」というものを求めて闇太郎は彷徨うのです。

 しかし、物語全体を眺めれば、「自分」を求めて彷徨うのは、一人闇太郎のみではありません。作中の主要人物の多くは、自覚的にせよ無自覚的にせよ、自分を、自分を規定する確たるものを持たぬまま生きる者として見えてきます。
 あるべき自分の姿を、人から奪われた者、人から押しつけられた者。自分らしく生きたいと願っても、今の自分から逃れたいと願っても、果たせず虚しさを抱えて生きる者…物語の舞台となるろまん街に集うのは、そんな連中であります。

 そしてまた、彼らから「自分」を奪ったもの、「自分」であることを妨げるものの一端が、舞台となる時代と、社会制度に起因することを思えば、本作が時代劇である意味はそこにあるのではないかとも感じられるのです。
(時代劇というものへの拘りという点では、中島かずき脚本の方が遙かに上と思えるのですけれどね)


 何だかわかったようなわからないようなことをとりとめもなく書きましたが、ギャグとアクションの数々に彩られたエンターテイメントとして面白いのは言うまでもなく、ドラマ面において本作は実に刺激的な作品であることだけは間違いありません。
 私が見に行ったのは、公演三日目でしたが、それでもかなりの仕上がりで、これからそれぞれの登場人物の演技がより研ぎ澄まされていけば、さらに素晴らしい作品になるのでは…と思いました。
(物販にCDがなかったのが、唯一残念なのですが…じゅんさんのダメすぎるPerfumeっぷりをCDで聞くことができないなんて!)


 最後に一つ、本作で非常に印象的だったのは、闇太郎が、傷つくたびに痛てえ痛てえと、実にみっともなく叫ぶこと。
 いのうえ歌舞伎の古田新太は、何度傷ついても立ち上がるスーパーヒーローか、強大な悪の首魁という印象があり、ここまで痛みを発露したことはなかったように記憶しています。

 しかし、本作においてはこれで間違いなく正しいのでしょう。本作は、闇太郎が、ヒーローでもなく怪物でもなく、人間としての自分を取り戻していく物語が本作なのですから…そしてそこには、人間ならではの痛みがつきまとうのですから。

|

« 「日本剣豪列伝」 剣の精神、剣の独自性 | トップページ | 「恋の闇 六代目小太郎」 止むに止まれぬ想いを抱えて »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/44372988

この記事へのトラックバック一覧です: 「蜉蝣峠」 陽炎の向こうに自分を求めて:

« 「日本剣豪列伝」 剣の精神、剣の独自性 | トップページ | 「恋の闇 六代目小太郎」 止むに止まれぬ想いを抱えて »