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2009.04.10

「銀のかんざし 定町廻り同心・榊荘次郎」 全ての謎を愛する人に

 「神の血脈」「兵庫と伊織の捕物帖」と、伝奇色の強いユニークな時代小説を発表してきた伊藤致雄先生の新作「銀のかんざし」は、北町奉行所の定町廻り同心を主人公とした連作短編集。伝奇色はほとんどないのですが、これがなかなか面白い作品なのです。

 本書に収録されているのは、「弟弟子」「転落」「強奪」「贈物」「一念の笛」と題された五つの物語。エピローグ(そしてプロローグ?)的な最後の作品を除き、いずれの物語においても、本書の題名となっている「銀のかんざし」にまつわる謎が描かれます。

 銀のかんざしが絡むことは共通しても、それぞれの内容はいずれもバラエティに富んだこれらの事件に挑むのは、表向き北町同心・榊荘次郎なのですが――ここで本書の趣向の一つ。腕利きの荘次郎でも頭を抱える本書の難事件の謎を実際に解くのは、荘次郎の手習いの師匠・網田方舟なのであります。
 この方舟先生、日常生活に支障が出るほどの不器用でそそっかしい人物ながら、しかし頭脳の働きにおいては天才的な冴えを見せるユニークなキャラクターで、荘次郎が集めてきた事件のあらましを聞いて、自分の家に居ながらにして謎を解いてしまう、一種の安楽椅子探偵なのです。

 さらにシリーズのレギュラーとして、方舟の一人娘の多恵に、荘次郎とは手習いの同窓である長七が登場。荘次郎は多恵にぞっこんながら、生来の奥手ゆえになかなか打ち明けられず、そこに現れた男ぶりのよい長七の存在にやきもき…という、キャラクタードラマも本書の魅力でしょう。


 さて、本書の中で最も印象的だったのは、四番目に収録された「贈物」であります。本作は推理ものでありながら、殺人も盗みも、いや犯罪というものが発生しない異色作。同じくレギュラーキャラである商家の隠居がまだ若い頃に見物した、千里眼の男のトリックを、方舟や荘次郎たちが解いていくという趣向の物語なのです。

 捕物帖とくれば、当然何らかの犯罪(と思われる事件)を扱うもの…というこちらの思いこみを鮮やかに覆しつつ、それでいて見事に「推理」ものとして成立させてくる、物語の趣向にまず感心させられるのですが、しかし何よりも本書を味わい深く、感動的なものにしているのは、作中で描かれるご隠居の想いであります。

 若い頃に見物した千里眼の謎を、ことある毎に思い出し、吟味してきたご隠居。彼にとってはその謎を解くことが――いや謎について考える、頭を働かせること自体が喜びであり、それはタイトル通り、「贈物」ですらあったのです。
 もちろんそれは、ご隠居自身の事情に依る特殊なケースではありますが、しかし、何かについて考えを巡らせる、頭を絞るということの楽しさ――当然、それが自分の生活に直接関係してくるようなものではない必要はありますが――ついては、これは多くの人間に共通すること。
 少なくとも、本書のような推理ものを愛する方にとっては、大いにうなづける話でしょう。

 つまり、この「贈物」という作品は、推理ものとしてユニークな内容であると同時に、推理ものを、いや自分の頭を働かせることへの愛情が込められた賛歌とでも言うべき作品。
 そしてそれは、この短編集に対する、作者の想い、意気込みの表れとして感じられるのです。

 伝奇色がないのは個人的には残念ではありますが、しかしここに表れた作者の心意気には心より敬意を表しますし、またその作者が描くであろう続編に、大いに期待しているところです。


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