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2009.04.18

「終焉の太刀 織江緋之介見参」 そして新たなる一歩を

 幾度となく自分の前に立ち塞がる緋之介に業を煮やした阿部豊後守は、将軍家綱の日光参詣の道中を狙う暗殺者たちと、緋之介を噛み合わせようと図る。しかし死兵と化した暗殺者たちは、豊後守の思惑を超えて家綱に肉薄する。一方吉原では、徳川頼宣が西田屋に対しある選択を迫っていた…

 実に七巻に及んだ織江緋之介シリーズも、この巻でラスト。「終焉の太刀」にふさわしく、緋之介の最後の死闘が展開されますが、この巻自体が、巨大なエピローグともいうべき内容となっています。

 阿部豊後守の陰謀で、父ともども日光参詣の家綱の警護を命じられた緋之介。変事があれば将軍の盾となるべき身、そして万が一将軍にかすり傷でもつけば、切腹などでは追いつかない役目に追い込まれた緋之介の前に立ち塞がるのは、己の命を初めから捨てた恐るべき死兵たちであります。
 人間として当然持つ生存本能を捨て、ただ目的遂行のためだけに動く死兵たちには、これまで幾多の死線を潜り抜けた緋之介も大苦戦(何だか急に弱くなった気がしないでもありませんが…)、両者の戦いは将軍の供回りをも巻き込んで、決闘というよりもむしろ戦闘と言うべきスケールで展開され、質量ともに最終巻に相応しい内容となっています。

 しかし、ここで壮絶な争闘と平行して描かれるのは、戦闘者としての力を失った当代の侍の姿であります。
 太平の世に慣れ、ただ己の地位を保つことにのみ汲々とする侍たちの姿と対比して、緋之介の活躍が強調されているのはもちろんですが、しかし同時にそれはこれから緋之介が歩み入っていく世界の在り方の提示の意味も含むのでしょう。
 侍の堕落は、単に個々人の心の有り様ではなく、むしろ社会の構造的な問題であることが作中からは痛いほど伝わってきますが、さてその構造に緋之介はどのように対峙していくのか――それはこの物語の描くところではありませんが、大いに気になるところではあります。

 さて、緋之介が歩み入っていく世界があれば、同時に彼が捨て去る世界もあります。それはもちろん、第一作以来、シリーズの中心として描かれてきた吉原の地。
 この吉原にも、シリーズ最終巻にして大きな転機が訪れます。

 前作でも印象的なキャラクターとして描かれた徳川頼宣が明かす吉原のとてつもない秘密――これはもう上田伝奇の真骨頂とでも言うべき凄まじいもの。
 ××が××と×××の子という設定は、決して珍しいわけではありませんが、×××がかつて××だったとは、これは紛れもなく空前絶後のアイディアであり、ここに来てとんでもない爆弾を投げ込んできたものだ…とただ感嘆。
 しかもそれに止まらず、ここで生まれた頼宣と吉原の結びつきが、やがて××を生み出すことが暗示されるに至っては、ただもう唖然呆然とするほかありません。

 だがしかし、こうした秘密を巡って今後も暗闘の舞台となるであろう吉原において、緋之介の居場所は既にありません。好むと好まざるとにかかわらず、既に向かうべき新しい世界がある以上、彼は吉原に背を向け、新しい一歩を踏み出さねばならないのです。
 本作のラストに描かれるのは、まさにその決別の姿。主人公のラストの科白は、彼の立場の変転を心憎いまでに鮮やかに描き出し、強く印象に残りました。


 剣豪ものとして、伝奇ものとして鮮烈なデビューを果たした本シリーズ。正直なところ、第一作があまりに印象的であったがゆえに、シリーズとしての方向性が固まるまでに、いささか時間がかかったような印象もありますが、しかしこの最終巻を読めば、本作の本質が、一人の青年が長く過酷なモラトリアムを潜り抜けて、社会へ新たなる一歩を踏み出すまでを描く成長譚であると明確に理解できます。

 剣豪もの、伝奇ものとしての魅力は言うまでもなく、そうした日常を離れた極限の世界において初めて明確になる人間の姿を描き出したものとして、本シリーズは紛れもなく作者の代表作と呼ぶべきものでしょう。


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