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2009.04.05

「神君幻法帖」 描写は最高、物語は…

 人智を超えた術法を操り戦場を往来する「幻法者」。その幻法者・魔多羅一族と山王一族に対し、幕府より秘命が下された。神君家康を祀る日光東照宮への神輿を巡り、二つの一族に殺し合いを演じさせようというのだ。かくて始まった七人対七人の死闘の背後に潜む、天海僧正の意図とは…

 雑誌連載当初からその題材、その作者ゆえに大いに気になっていた「神君幻法帖」が単行本化されました。
 一人一芸の超人たちを擁する二つの一族が、幕府の命により、死のトーナメントバトルを行う――しかも、それぞれの長が恋人同士、というのは、これはもう言うまでもなく山田風太郎先生の不朽の名作「甲賀忍法帖」ですが、その設定をほぼ敷衍した上に、ご丁寧に装丁はあの佐伯俊男先生。

 そしてそれを書くのが、同姓の天才・山田正紀であれば、これは否応なしに期待してしかるべきなのですが――しかし、そのあまりの「らしさ」に感じた少々の不安が、本作には当てはまってしまった印象があります。


 本作の最大の特徴は、作中「幻法」と呼ばれる主人公たちの特異な技に対する「科学的」な解釈・解説でしょう。
 元々、山風忍法帖の特徴の一つは、その「忍法」とそれを可能とする忍者の肉体に対する医学的解釈の面白さにあったと言えるでしょう。
 それが本当に説明になっているかは別として、単なる(?)超常的妖術ではなく、一定の理屈と法則に従った技であることが、忍法帖に不思議なリアリズムを与えていたことは間違いありません。

 それが本作においては、その解釈・解説を、最新の科学知識を題材にしつつ、鬼才・山田正紀一流のアイディアで料理しているのが面白いところ。
 本作に登場する幻法の中には、(まず間違いなく意図的に)「甲賀忍法帖」に登場した忍法と重なる内容のものも多いのですが、オリジナルとの解釈の差が、実に楽しいのです。
 山風忍法帖オマージュは、これまで山のように描かれていますが、本作はその解説と描写の面白さにおいて、最良のものと言って良いかと思います。


 が――物語面で見た場合には、(個人的には)不満点が大きいというのが正直なところであります。

 二つの一族が死闘を繰り広げる理由が初めから明らかにされていた「甲賀忍法帖」に対し、本作は二つの一族の戦う真の理由は、物語当初は明らかにされていません。
 いわばその点こそが本作の仕掛けであり、原典との大きな相違点であるはずだったのですが…いざ明かされたその秘密に、意外性と説得力がないのを如何にすべきか。(いや、説得力がなかったのが意外ですが)

 物語の核心をここで明示することはもちろんできませんが、さてこの秘密が、幻法者同士を、いや幕閣までも巻き込んだ死闘を引き起こすに相応しいものであるか、大いに疑問に感じた次第です。

 もちろん、その疑問から生じる虚しさこそが、本作の狙うところであることは理解できるのですが――人々を弊履を棄つるが如く利用し、使い捨てる者たちへの強い怒りは、いかにも山田正紀作品ですが――これまで幾多の作品で、こちらの想像を遙かに上回る物語を見せてくれた山田正紀先生にしては…
(更に言えば、作中のあるカップル成立場面もちょっと…)


 術技に対する描写は最高レベル、しかし物語については、「らしさ」の域を出るものではない――いささか厳しいですが、それが私の偽らざる気持ちであります。


「神君幻法帖」(山田正紀 徳間書店) Amazon
神君幻法帖

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