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2009.04.09

「火星年代記」 翻案を超えた伝奇ホラー

 時は幕末、怪人モゲータに魅入られた親友を救い出すため、モゲータ一味の潜む支那寺に潜入した月之助と蘭学者・菊池洋斎。そこで目撃したものが神代の奇書・火星年代記の内容と一致することを知った洋斎は、モゲータが日本の先住民・火星民族と確信する。襲いかかるモゲータの霊力に挑む月之助たちの運命は…

 このところ、巨匠の絶版作品群が次々と復刊されて、誠に喜ばしいのですが、その中に、水木しげる先生の貸本漫画時代の作品が含まれているのが目を引きます。

 このたび復刊された「火星年代記」もその一つ。タイトルだけ見れば、(SFの知識がある方であれば)まず九分九厘、レイ・ブラッドベリのあの名作の漫画化と思ってしまうところですが、さにあらず。本作は、幕末の江戸を舞台に展開する、紛うことなき伝奇ホラー活劇であります。

 恥ずかしながら、私も今回の復刊まで、本作の存在と内容をつゆ知らず、書店で何の気なしに手にとってひっくり返りそうになったのですが、内容の方はさらに凄い。
 奇怪な妖術を操る怪人に挑む碩学…というのは、古今東西のホラーにままあるシチュエーションではありますが、本作ではその怪人の正体というのがもの凄い。

 墓場の死体を再生して己の配下とするなど、奇怪な霊力を操る怪人モゲータの正体は、何と縄文時代以前の日本の先住民・火星民族。そして、超文明を誇りながら、何故か歴史から姿を消した火星民族の存在に触れた唯一の書物――それが、瀬戸で発見された日本最古の古書「火星年代記」なのであります。

 本作は、そんな怪奇・伝奇風味濃厚な物語が、水木先生一流の超現実的とも言うべき美術センスで展開されていきます。
 設定だけ見ればあまりに飛んだ内容ながら――何せ、主人公・月之助からして、師である洋斎から火星年代記の内容を聞かされて「作者が何かカン違いしているのではないかと思う位だ」などメタな感想を漏らすほどですから――物語の舞台となる数々の廃墟・遺跡の、凄涼とも言うべき描画を目の当たりにすれば、それが突き抜けた現実感を持って迫ってくるのは、これは水木作品ならではの味わいでしょう。

 もっとも、そんな中に、火星民族の霊力に対する防御手段というふれこみで、登場人物たちが頭にしめ縄を巻いて榊を差して出てくる辺りのすっとぼけた味わいも、いかにも水木先生なのですが…


 さて、本作を読んでいる最中、私の頭の中には「どこかで読んだことのあるような…」という思いがつきまとっておりました。かのラヴクラフトの「ダニッチの怪」を、「地底の足音」として翻案したこともある水木先生のこと、失礼ながら本作にも何らかの原典があるのでは…と考えていて、気付きました。

 怪人の主宰する秘密教団に狙われた友人、怪人に操られる死美人との悲恋、結界を挟んでの怪人の魔力との対決、そしてモゲータという名前――ホラーファンの方であれば思い至ることでしょう、デニス・ホイートリーの名作「黒魔団」であります。

 気付いてみれば、なるほど、確かに上に挙げたような「黒魔団」の要素が、本作の中でも確かに目につくのですが、しかし、ロンドンを舞台とした原作を江戸に移し替えたのみならず、奇書を中心にすえた奇怪な超古代史を構築し、さらにまさしく驚天動地の結末を用意した本作は、単なる翻案を完全に超えている、と断言しても間違いではないでしょう。
(そういえば、作中に何度か登場する瀬戸って、原典の「セトの護符」のもじりかしらん。)


 少々高めの価格設定ということもあり、さすがにマニア以外の方に強くお奨めするのもはばかられるところはありますが、しかし、同好の士であれば――特に原典を読まれた方は――一度は読んでみるべき、と言ってしまっても、これは問題ありますまい。
 そしてまた、このような意外な出会いをもたらしてくれるであろう、他の貸本漫画の復刊も、強く期待するところです。


「火星年代記」(水木しげる 小学館クリエイティブ) Amazon
火星年代記

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