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2009.04.30

「大正探偵怪奇譚 縁」 鬼の愛に泣け

 帝都の闇で暗躍する紅蜘蛛戒少佐=地獄丸を追う怪奇探偵・丑三進ノ助=夜叉丸。だが時既に遅く、戒の邪術は関東大震災を引き起こす。人が鬼と化す地獄となった帝都で、家族への歪んだ愛に突き動かされなおも暴走する弟を止めるため、進ノ助は最後の決着をつけるべく戦いに赴く。

 「鬼哭」「鬼子」と発表されてきた「大正探偵怪奇譚」の小説版第三弾「縁」がめでたく刊行されました。
 これまでの二作で描かれた要素の一つ一つが、あたかもこの一作のためにあったかのように結びつき、哀しくも美しい物語を描き出す、まさに完結巻に相応しい作品であります。

 以前、「鬼哭」の感想を書いた際には、人物描写と時代設定の必然性に難ありと述べましたが、しかしそれは本作においては完全に払拭された印象。

 人物描写で言えば、前二作で積み上げられてきた進ノ助をはじめとする登場人物たちのドラマがここで一気に花開き、一人一人が生きたキャラクターとして、物語を彩りドラマを展開させていくのです。
 特に今回新登場した戒の配下の四人組が、ネーミング的にも立ち位置的にもどう見てもやられ役と思いきや、これが戒の求めるものと密接に結びついて、胸をえぐるような切ないドラマを盛り上げるのには驚かされました。
(特に迷企羅の最期は、作家をもう一つの顔とする進ノ助の設定を十二分に生かした名シーン! まさかここで泣かされることになるとは…)

 一方、時代設定についても、物語と有機的に結びついたドラマが展開されています。
 本作の重要な背景となっているのは、この大正時代に起きた大事件――関東大震災。しかし、この大震災は、単なる物語を盛り上げるカタストロフとしてではなく、人の本質を問う背景装置というべき役割を果たしているのです。
 大震災の直後に、実際に起きたという虐殺事件。本作はそれを通じて、人と鬼を隔てる壁の薄さというものを、容赦なく抉り出してみせます。
 そしてこのキャラクターと背景が生み出すドラマの中で浮かび上がるのは、「鬼子」でも語られた一つの問いかけ――鬼と人の間の違いは那辺にあるのか? であります。

 鬼は鬼として生まれたから鬼なのか、鬼には「愛」という情はないのか?
 それは裏返せば、人を人たらしめているものは何か、という問いかけに等しいもの。そして、本作で繰り返されるまさしく骨肉の争いの中で示されるのは、そのあまりに切なく哀しい答えであります。

 立場を違え、時を超えて戦い続けてきた兄弟――しかし、二人を支えてきたそれぞれの想いに、本当に違いはあったのか…
 その想いは決して絵空事ではなく、我々にとっても極めて近しい感情であるだけに、より深く鋭く、胸に迫るのです。


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