「なぜ絵版師に頼まなかったのか 明治異国助人奔る!」 明治日本のポジとネガ
急速に近代化を進める明治の日本に招かれた雇われ外国人の一人、エルウィン・フォン・ベルツ。ふとした縁からその弟子となった葛城冬馬は、好奇心旺盛なベルツと共に、奇怪な事件の真相究明に奔走することとなるが。
タイトルを見ただけでミステリファンなら思わず吹き出すであろう本書。言うまでもなくクリスティのあの作品のもじりですが、その他の収録作も、「九枚目は多すぎる」「人形はなぜ生かされる」「紅葉夢」「執事たちの沈黙」と、有名作品のもじりばかり…ですが、単なるパロディで終わらない、一癖も二癖もあるユニークな連作です。
本書の主人公の一人、ベルツ先生は、明治初期に今の東大医学部に招かれ、その後明治天皇の侍医にもなった人物。恙虫病や脚気などの研究を行い、また草津温泉を再評価するなど、日本とは実にかかわりの深い人物であります。
そんなベルツ先生と、その弟子となった少年(のち青年)・葛城冬馬、そして彼らと行動を共にする怪人物・市川歌之丞(その後何度も改名)が様々な怪事件に挑むことになるわけですが、単なる有名人探偵ものに終わらない視線が、本書にはあります。
本書に収められた五つの短編に共通して描かれ、そしてそれぞれの事件の引き金にすらなっているもの――それは日本の急速な欧米化・近代化が生み出した、負の側面とも言うべきもの。
試みに明治維新から第二次大戦後に至るまでの歴史を振り返ってみた場合、百年足らずのうちに、あまりに急速な進歩を遂げたことに眩暈すら感じます。
しかしその進歩が、かならずしもポジティブな影響のみを残したわけではないことは、言うまでもない話。急速な進歩の前に捨て去られたもの、変容を余儀なくされたもの――その果てに生じた歪みが、本作では事件の遠景として描き出されているのです。
思えばベルツ先生は、日本の無批判な欧米化、無秩序な近代化に、強く警鐘を鳴らした人物。そう考えると本書の主人公の一人に、同時代に日本を訪れた他の外国人ではなく、ベルツその人が選ばれたのも大いに頷けます。
そして本書のそんな性格は、ベルツを支える二人の主人公からも窺えるのです。
奇しくも明治初年に生まれ、ベルツの弟子となって海外の最新知識を吸収し、優秀な医学者への道を歩む冬馬。彼の姿は、世界に互する国家への道を一直線に進む明治日本のポジの象徴と言えます。
一方、新聞記者に始まり、骨董屋・市川扇翁、新聞小説家・小山田奇妙斎、僧侶・鵬凛、戯作者・仮名垣魯人へと毎回職業と名前を変えていく歌之丞の姿は、変わりゆく日本の姿についていくために己を変え、結果、己を失っていく明治日本のネガの姿が見て取れるのです。
つまり本書はミステリの形を借り、明治日本のポジとネガを描き出した作品集…というようにも私には感じられるのです。
――そしてポジとネガと言えば写真、いや本書の言葉でいえば絵版。本書自体が、明治日本の絵版と呼ぶのは、ちょっと綺麗すぎるまとめでしょうか。
「なぜ絵版師に頼まなかったのか 明治異国助人奔る!」(北森鴻 光文社) Amazon

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