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2009.05.24

「深川まぼろし往来 素浪人鷲尾直十郎夢想剣」 夢と現、己と他人の狭間で

 藩命で人斬りとなり、親友を斬った鷲尾直十郎。鬱々とした末に藩と家を捨てた彼は、江戸で無為の日々を送っていた。そんなある日、彼は急死した自分と瓜二つの菓子店の跡取りの替え玉を依頼される。言われるままに代役として店で暮らすようになった直十郎だが、その前に次々と不思議な現象が…

 倉阪鬼一郎先生が時代小説を書くと聞いた時には、少なからずの驚きと共に、一体どのような作品を生み出すのか、大いに興味がありました。
 短編連作であった「影斬り 火盗改香坂主税」は、正直なところこのサイトの趣旨からも、私の興味からも外れた作品でしたが、長編第一作である本作は、実に作者らしい、えもいわれぬ味わいの作品でした。

 主人公・鷲尾直十郎が巻き込まれるのは、深川で評判の菓子店・風花庵の家庭内とある事情。
 引退した先代に代わり店を取り仕切っていたその息子が急死してしまったものの、病床にあり、既に呆けかけた先代に対して、その事実を告げるのはあまりに忍びない――
 そんな問題に店の者が頭を抱えている最中に、姿を見せた直十郎は、偶然ながらその息子に瓜二つ。店の者の願いに応じて替え玉を務めることとなった直十郎ですが、しかし彼の前にいくつかの不思議な事件が起きることとなります。

 このあらすじだけ見れば、そのタイトル同様、本作はいかにも文庫書き下ろし然とした内容に見えますが、しかし、実際に作品を読んでみれば他との違いは歴然。
 作中に漂うのは、濃厚な幻想味――彼岸と此岸の合間を往来するまぼろしの中に、直十郎と、そして読者は迷い込んでいくことになります。

 何よりも、直十郎という主人公自身が、まぼろしのように現世を生きる人物であります。
 藩の政争の中で、指示されるままに人を斬り続け、果ては莫逆の友を斬ったがために一種のノイローゼとなり、友を斬った際に脳裏をよぎったまぼろしの魚の姿に憑かれたまま、全てを捨てて江戸に流れてきた直十郎。
 自分自身を見失った彼が、自分と同じ顔を持った他者として生きるのは皮肉としかいいようがありません。そんな彼が、風花庵での暮らしの中で夢とも現ともつかぬ世界で踏み込んでいく様が、本作では静かな筆致で描かれていくのです。


 正直なところを言えば、本作のこの味わいは、普通の文庫書き下ろし時代小説を期待した方は面食らうであろうことは間違いありません。
 その意味では大いに人を選ぶ作品ではありますが――文庫書き下ろし時代小説のフォーマットを用いつつも、作者でなければ描けない世界を生み出して見せた本作を、私は結構気に入っています。


「深川まぼろし往来 素浪人鷲尾直十郎夢想剣」(倉阪鬼一郎 光文社文庫) Amazon
深川まぼろし往来―素浪人鷲尾直十郎 夢想剣 (光文社時代小説文庫)

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