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2009.06.09

「闇の釣人 本所深川七不思議異聞」 釣り文化を守る者

 生類憐れみの令により釣りが禁止された時代、禁令に反抗して密かに釣りを続ける「闇の釣人」と呼ばれる者たちがいた。その一人・無明長四郎は、三味線師匠のお与満や夜鳴き蕎麦屋の銀七といった仲間と共に、本所界隈で釣りを続けるが、外道役人と事を構えたことから、彼らの運命は大きく変転していく。

 科学ジャーナリスト・釣魚史研究家という一風変わった経歴の作者による本作、本所七不思議を扱った作品ということで手に取ったのですが、釣りという文化を主題に描きつつ、本所七不思議をクッションとすることで、時代小説としてもきちんと成立させてみせた、良質のエンターテイメントでした。

 タイトルの「闇の釣人」とは、あらすじに書いたとおり、生類憐れみの令に反抗し、密かに闇に紛れて釣りを続けた人々の総称。事が露見すれば死罪ともなる釣りを、敢えて彼らが続けるのは、金のため、人助けのため、己の意地のため…と様々ですが、共通するのは、釣りという文化を愛し、それが失われることを惜しむ人々であることです。
 そんな闇の釣人の一人・無明長四郎(実は土佐山内家の庶子)が、置行堀(おいてけぼり)で不思議に出会ったことから、物語が動いていくこととなります。

 先に述べたとおり、本作においては置行堀・明かりなし蕎麦・足洗え屋敷・片葉の葦・送り提灯・狸囃子・津軽の太鼓の本所七不思議が題材となっているのですが、作中でのそれは、主に人目を忍び、釣り場から人々を遠ざけるための、闇の釣人の行動によるものと説明されているのが、なかなかユニークなところであります。
 長四郎とそんな七不思議との出会いは、そのまま、闇の釣人との――釣りをこよなく愛する人々との出会いであり、その中で彼は仲間や同志、知己を増やしていくこととなります。

 そのような一種の釣道小説としても楽しい本作ですが――釣りに関しては全くの門外漢の私ですが、それでも本作の中でわかりやすく、かつ興味深く描かれる江戸時代の釣りの在り方には大いに感心いたしました――それだけでは終わらないのが、本作のエンターテイメントたる由縁です。

 人よりも動物が上ともなる歪んだ社会を生んだ綱吉の治世。その象徴ともいうべき外道役人との対決を、長四郎やお与満たちは、物語が進むにつれ、余儀なくされていくのです。

 相手は上役に媚びへつらい、無辜の民を苦しめ、人の道を外れた愉しみを貪る――そんな人間悪の固まりのような男。しかしそんな男がトントン拍子に出世を重ね、ついには将軍御目見得まで辿り着いてしまう世にあって、個人の力はいかにも無力。
 長四郎も、次々と仲間を、周囲の人々を失い、自らもお与満も、傷ついていくことになるのですが…この辺りのサスペンスは、なかなかのもの。

 ゲリラ的な反撃も空しく、一歩、また一歩と追い詰められていく長四郎たちに救いの道はあるのか――正直なところ、時代背景的に落としどころはこの辺りだろうな、と厭な時代小説ファン的なことは考えていましたが、そんな予想を軽々と超えていく、皮肉かつ痛快な結末には、大いに驚かされ、かつ愉快な気分にさせていただきました。

 そして、孤独な戦いの果てに、闇の釣人たちが生んだ「八番目の不思議」…それは、釣りという文化を守り抜いた誇り高き釣人たちの凱歌であり、彼らの報償ともいうべきもの。
 そんな心憎い結末に、満足して頁を閉じました(…と言いたいところですが、ラスト間際まで油断が出来ないのも楽しい)。


 ちなみに本作には、あのあまりにも有名な怪談のあの人物(のもじり)が登場。これはこれはとニヤリとしていると、終盤で思わぬ役どころを与えられるのにも、感心した次第です。


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闇の釣人 本所深川七不思議異聞

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