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2009.07.21

「よわむし同心信長 天下人の声」 信長、天保の江戸に復活!?

 南町奉行所の例繰り方同心・信藤長次郎は、根っからの小心者。唯一の趣味が織田信長の史書を読むことだったため、名前をもじって「信長殿」と周囲からからかわれていた。ある日、定町廻りに異動となった長次郎は、探索の最中、頭を強く打ち、賊の手に捕らわれてしまうが、目覚めた時、頭の中で織田信長その人の声が聞こえるようになっていた…

 このようなサイトを運営している関係上、色々とユニークな時代小説を読んできましたが、本作は最近の作品の中では頭抜けてユニークな作品と言って間違いないでしょう。
 一見、文庫書き下ろし時代小説の定番たる奉行所ものに見えるタイトルですが、しかしその内容は、主人公・信藤長次郎の頭の中に、本能寺の炎の中に消えたはずの織田信長公が宿ってしまうというのですから…!

 信長マニアというくらいしか取り柄のなかった長次郎にしか聞こえない信長の声が聞こえてくるというのは、冷静に考えるとちょっとコワい気もしますが、そうなってしまったというのだから仕方ない。
 理屈は抜きにして、天下太平の天保の世に生きる長次郎と、戦国人・信長の凸凹コンビ(?)ぶりが、実に楽しいのです。

 信長にとって、天保の江戸は実に二百五十年後の世界。彼を討った光秀が秀吉に討たれ、その秀吉が関白にまで上りつめながら次の代で家康に滅ぼされ、その家康が開いた幕府が長きに渡って世を治めるというのは、それなりに複雑なものがあるのではないかな…と思いきや、ある意味実に戦国人らしい合理的思考で納得してしまうのが面白い。
 それだけでなく、まさに見たことも聞いたこともない未来の世界の知識を、信長は前向きに面白がって吸収していくのですが、なるほど、他の武将は知らず、信長だったら「是非に及ばず」と思えてしまうのです。

 信長という人物の強烈なキャラクターのおかげで、現代の我々の頭の中にも――もちろんこちらは比喩的な意味で――信長はいるわけですが、その信長像の最大公約数的な部分をうまく使って、ユニークなキャラクターものとして成立させているのは、うまいものだと感心した次第です。

 いや、正直に言ってしまえば、本作の信長像はむしろ「萌え」の域に達しているような気もしますが…本当に楽しそうなんだなあ信長公。許嫁の前でカチコチになる長次郎を、お前からデートに誘わんか! とか真剣に怒るし。
 これは信長ファンにこそ、読んでいただきたい作品であります。


 もっとも、キャラクター性の面白さに比べると、ストーリー面では、少し弱いかな、という印象もあります。
 本書に収録された四つのエピソードは、それぞれ信長の事績を題材にしてはいるのですが、あくまでもその繋がりは弱く、信長が事件に挑む必然性は…というのが正直な印象です(もちろん、その必然性があったら全く別のお話になってしまいますが…)。

 意外性とキャラクター性は十分以上、あとはこれに必然性とストーリー性が加われば言うことなしかと思います。シリーズ第二弾も刊行されていますので、こちらももちろん読まねばなるまい、と思っている次第です。


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