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2009.07.28

「黒牛と妖怪」(その3) 「生きること」に対する目線

 「黒牛と妖怪」収録作品の紹介、昨日の続き…今日でラストです。

「秘伝 阿呆剣」
 さる藩で語り継がれる最強の剣、その名は阿呆剣――先代藩主の愛妾の兄で、ちと足りないと噂されていた金二郎が、腕利きの乱心者を一撃で倒したという伝説の剣です。
 本作の前半で描かれるのは、この剣の由来を語る金二郎の剣豪譚。これだけでも十分に面白いのですが、しかし本題といえるのは、金二郎の甥で世継ぎ争いに巻き込まれた英三郎が、刺客から自らの身を守るためにこの秘剣を求める後半部分であります。

 その開祖(?)の人となりと、剣の名前から察せられるように、いささか通常の剣理から外れたようなこの秘剣。
 英三郎が、身辺に迫る刺客の気配に焦りながらも、この剣の秘密に迫っていく様は、一種ミステリ的な趣もありますが、しかし、遂に彼が会得した秘剣の正体と、その剣が招いた結末の何ともすっとぼけた味わいは、実にユニークです。

 詳しくは書きませんが、結末で英三郎が至ったのは、これぞ活人剣の一つの極み、と言ってもよいような、見事な――しかし何とも皮肉でおかしな――境地。

 この境地を風野作品の一つの理想、と言っては語弊があるかもしれませんが、ここから感じられる「生きること」に対する目線は、風野作品の根底を流れるものではないかと感じるのです。


「爺」
 今ではすっかり珍しく感じられる風野先生の歴史もの。主人公は若き日の織田信長の養育係(=爺)・平手政秀であります。

 織田家の嫡男に相応しくない信長の奔放な振る舞いに振り回される政秀は、あの手この手で信長に自覚を促しますが、失敗してばかり。そんなある日、政秀は親子ほども年の離れた侍女に恋心を抱いてしまうのですが…

 信長の父の死後に自刃して信長を諫めたことで知られる政秀ですが、彼をそんな美談の主人公で終わらせず、何とも人間臭い存在として描き出したのが風野作品らしい本作。
 政秀をはじめとする周囲が信長とお濃をことに至らせようと奔走する様(そしてそのしょうもない帰結)や、政秀の老いらくの恋の顛末が描かれたりと、恋愛…というか艶笑もの的要素もあるのがちょっと珍しいのですが、それが政秀の自刃の意外な真相に繋がったりと、一筋縄ではいかないのがらしいところです。

 風野作品では、老境に差し掛かった人物が主人公のものがかなりの割合を占めるのですが、本作はそのルーツと言えるかと思います。
 結末はかなり甘いように思えますが、そこに漂う皮肉な味わいもまた、らしいと言えるでしょう。

 以上五編――改めて眺めてみると、いささか牽強付会のきらいはありますが、いずれも現在の風野作品の原型が、紛れもなくここにはあります。

 文庫書き下ろし時代小説界で押しも押されぬ存在となった今こそ、その原点とも言える作品集が、こうして文庫化されたことの意味は大きいと、そう感じる次第です。


「黒牛と妖怪」(風野真知雄 新人物往来社新人物文庫) Amazon
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