「黒牛と妖怪」(その1) デビュー作に見る作家の本質
新人物往来社からの文庫の刊行は、歴史好き・時代もの好きにとってはちょっとしたニュースでしょう。ノンフィクションは勿論のこと、小説でも、新人物往来社から刊行されたものは多いのですから。
そしてその文庫第一弾の一つが、風野真知雄先生の処女短編集「黒牛と妖怪」。いまや押しも押されぬベストセラー作家の原点であります。
この短編集に収録されているのは「黒牛と妖怪」のほか「新兵衛の攘夷」「檻の中」「秘伝 阿呆剣」「爺」の全五編。
(単行本ではもう一編、「甚五郎のガマ」が収録されていましたが、こちらは現在二見時代小説文庫の「厄介引き受け人望月竜之進 二天一流の猿」に収録されたため、文庫版ではオミットされています。)
今回は、その五編を一編ずつ見ていくことにしましょう。
「黒牛と妖怪」
ねじくれた根性の鳥居耀蔵に振り回される孫嫁・お延。彼女が偶然耳にした、開通間近の陸蒸気を招待客もろとも消してしまうという謎の陰謀に、耀蔵が関わっているらしいと知った彼女は、町で出会った少年・信吉と共に事件を探ることになるのですが…
と、明治五年の東京を舞台に、黒牛=陸蒸気と妖怪=鳥居耀蔵にまつわる事件を描いた風野先生の歴史文学賞受賞作にしてデビュー作です。
だいぶ以前に初読した際にも感じたのですが、今回改めて読んでみてもその完成度には驚かされる本作。
陸蒸気消失という途方もないトリックと、その阻止に向けたサスペンス、そして結末の一ひねりと、歴史ミステリとして見事に成立しているその内容もさることながら、単なる謎解き話に終わっていないのは、やはり物語の中心に、老いた鳥居耀蔵を配置してみせた点でしょう。
天保の妖怪として知られた耀蔵が、多くの人に憎まれながらも幕末を生き抜き、明治の東京でその生を終えたという史実は、山風先生の「東京南町奉行」などで知られているかと思いますが、その史実をベースにして描かれる耀蔵像は、実に風野先生らしい皮肉なユーモアをたっぷりと効かせたものです。
耀蔵の実像は、いくばくかの史実と、後はフィクションでの姿によってしか知ることはできませんが、しかし本作で描かれたどーしようもないクソジジイぶりは、なるほど、あの人物が年を取ればこうもなろうとニヤリとさせられると同時に、歴史の本流に乗れなかった(はじきとばされた)人物のもの悲しさというものを強く感じさせます。
興趣に富んだミステリタッチのストーリーと、登場人物に向けられるちょっと皮肉で優しい視線は、まさに風野作品の本質。この時点で早くも現在の作風がほとんど確立していたことに感心させられます。
次回に続きます。(全三回予定)
「黒牛と妖怪」(風野真知雄 新人物往来社新人物文庫) Amazon

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