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2009.07.27

「黒牛と妖怪」(その2) 望ましき生き方を悲喜劇に見る

 昨日の続き、「黒牛と妖怪」掲載作品の紹介です。

「新兵衛の攘夷」
 黒船来航の際に対応に困った幕府が、黒船撃退の策を広く下々に公募したという話はどうやら史実のようですが、本作はそれをきっかけに、思わぬ戦いを黒船に挑むことになった武士の物語。
 主家から暇を出され、長屋で浪人暮らしを送る新兵衛は、件の公募を耳にして、長屋の連中の策をまとめ、元主家を訪れます。しかし藩の用人には相手にされず、案に目をつけたのはその用人の息子・重三郎の方。黒船に攘夷を仕掛けようとする重三郎に巻き込まれることとなった新兵衛と長屋の人々の運命が描かれます。

 本作の主人公・新兵衛は、剣の腕は立つものの、何とも冴えない、というか運の悪い人物。何しろ初登場の場面からして、両足を骨折して長屋で寝ているうちに黒船が来航し、周囲の人間が全て逃げてしまって長屋で遭難しかかるという有り様なのですから…
 この新兵衛のような、四角四面の武士らしくない武士、あまり格好良くないけれど人間味溢れる武士は、風野作品にしばしば登場するキャラクター像。これは「刺客が来る道」の後書きにも明らかですが、風野先生が好んで書く武士の姿です。

 そんな彼に対置されるのが、黒船に戦いを挑み、武士らしい武士として生きようとする重三郎。
 いわゆる「武士道」のイメージに合った武士というのは、この重三郎の方なのかもしれませんが、しかし風野作品で新兵衛と重三郎、どちらの生き方を是とするかは言うまでもないことでしょう。

 あくまでも軽いタッチで黒船に振り回される人々の悲喜劇を描きながら(実際に黒船を目の当たりにした長屋の人々の反応の妙なリアルさよ)、人間として望ましき生き方というテーマをさらっと描いてみせる…本作も紛れもなく風野作品であります。


「檻の中」
 かの勝海舟は、ずいぶんと江戸っ子気性の人物だったようですが、その父・小吉はそれに輪をかけた型破りの人物だったというのはよく知られた話。何しろあまりの放蕩無頼ぶりに、海舟が生まれる前後には座敷に作られた檻に入れられていたというのですから。

 本作はその史実を踏まえて、座敷牢の中の小吉が富くじを巡る殺人事件の謎に挑むという一編。富くじにまつわる不正は、時代ものでは時々お目にかかる題材ですが、富くじで狙った番号を出すというトリックを解決するのが、檻の中から出られない小吉というのが面白い。
 世に安楽椅子探偵は数あれど、座敷牢探偵というのは、これはかなり珍しいのではありますまいか(まあ、レクター博士みたいな例もありますが)。

 ミステリとしては水準の作品ですが、キャラクターものとしての面白さは抜群で、本作を実質上のパイロット版として、後に「勝小吉事件帖」が刊行されたのも頷ける話です。


 もう一回続きます。


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