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2009.08.16

「海王」上巻 海王の往くべき道は

 倭寇のの大頭目の孫として育てられた少年ハイワンは、悲運の死を遂げた室町幕府第十三代将軍・足利義輝の遺児だった。信長が天下統一に王手をかけた頃、堺の町を訪れはハイワンは、ふとしたことからその真実を知る。流浪の剣士・秋鹿京之介から剣を学ぶうち、天賦の才を見せるハイワンは、次第に天下を巡る人々の思惑に巻き込まれていく。

 宮本昌孝先生の出世作であり代表作である「剣豪将軍義輝」――その正統な続編が本作「海王」であります。
 松永弾正を浮橋(フーチアオ)と梅花(メイファ)が討ち果たす冒頭からこちらのテンションは一気に高まり、いかにも宮本作品の若者らしく活き活きとした姿で登場したハイワンの、その特技が、唾で風船を作ることというのを見せられた時は、前作のあのラストを思い出して、思わず涙ぐみ…

 と、いきなり飛ばしてしまいましたが、前作読者にとっては、それだけのインパクトと重みを持つ作品であることは間違いありません。
 細川藤孝が、明智光秀が、織田信長が、風箏が、そして死んだはずのあの男が――と、読んでいるこちらも、メイファやフーチアオと同じように、旧知の人物との再会をあるいは喜び、あるいは驚き…という気分になります。
 この上巻だけで実に二段組み約450ページという大部ではありますが、それでも気を逸らされることなく一気に読むことができる、そんな作品です。

 しかし、本作が単なる「「剣豪将軍義輝」の続編」としての価値しかない作品であったり、前作読者以外には楽しめない作品であるかと言えば、それはもちろん否、であります。

 足利将軍家の遺児であるハイワンの存在を通じて本作で描かれるのは、新たなる時代の幕開けと、それを担った人々の群像劇とも言うべき壮大なドラマ。
 特にこの上巻のもう一人の主人公と言うべき織田信長を中心とした激動たる歴史のうねりは、これまで幾多の歴史小説・時代小説でも描かれた内容ではありますが、しかしそれに負けず劣らず魅力的です。
 ことに本能寺の変に向かう光秀の戦略たるや、ハイワンの存在を一つ置くだけで、これだけ違って見えてくるものかと舌を巻いた次第です(しかし前作読者にとっては、光秀の変貌は何とも哀しいのですが…)


 その一方で、ハイワン個人に目を向ければ、まだまだ物語は端緒についたばかり、という印象。
 この上巻では、まだまだハイワンは己の意志を強く見せず、受動的に周囲で起きる事件に立ち向かっているという感があります(尤も、それもやむを得ない展開ではあるのですが…)

 思えば、宮本作品の主人公はいずれも、己の出自や属するところに関係なく、確として己の往くべき道を見定め、魂の自由を勝ち取った者たち。
 それだからこそ、彼ら――もちろんその中には足利義輝も含まれるわけですが――の生き様は、あれほど颯爽として、魅力的なのでしょう。

 足利義輝の遺児・海王丸ではなく、海に生きる男・ハイワンとして、彼が如何に自己を確立し、自由を勝ち取っていくのか。それが本作の後半部で描かれるべきものであり、そしてそれが描かれた時、ハイワンは父から独立した一個人として初めて立つことができるのでしょう。
 それは、前作と本作の関係にも当てはまることでありますが――さて。

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海王〈上〉

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