« 「赤い歯型」 化外が生じるのは… | トップページ | 「醜い空」 その怪物の正体は… »

2009.08.10

「魔京」第五篇「虚炎の譜」 もう一つの京、徳川京

 大久保彦左衛門の孫・彦四郎は、祖父の名代として神社から受け取った鉛の箱には、溶けたように融合した三猿の像と、「ゑと諸圖」なる巻物が入っていた。それらを巡る暗闘に巻き込まれた彦四郎は、大久保長安が構築した幻の徳川京の存在と、無数の時間と空間の中で、江戸が幾度となく消去させられてきたことを知る。

 古代から連綿と「京」の存在とそこにまつわる魔戦を描いてきた連作「魔京」も、ついに江戸時代。
 現代に至るまであとわずかとなりましたが、今回描かれるのは、これまでに輪をかけて奇想天外な、もう一つの京の物語であります。

 明暦の頃を舞台に展開するのは、江戸の時空を賭けての、水戸光圀一派と大久保長安(!)一味の暗闘。
 高熱で溶けたように融合した三つの猿の木像と、刻一刻とその姿を変えていく有り得ざる江戸の姿を記した「ゑと諸圖」――長安の目論む江戸消去の鍵となる二つのアイテムの争奪戦に、主人公・彦四郎は巻き込まれることとなるのですが…


 そんな、おそらくは江戸について描かれた物語の中で最も奇怪な小説である本作の中で、しかしハッとさせられるのは、江戸という存在の特異性であります。

 日本という国の名実共に中心、すなわち「京」でありながらも、唯一、帝をそこに据えることのなかった江戸――ある意味、それまでの「京」の概念を作り替えてしまった江戸は、まさに徳川京と呼ぶべきものなのかもしれません。

 これまで同様、優に長編一本分はあるアイディアとガジェットを中編に投入しているだけに、やや駆け足の面はありますが、しかしそこで描かれるのは、実に伝奇的かつ、それ故に一面の真理を突いた、野心的な江戸像であります。


 さて、虚炎による消去ではなく、実炎による浄化により江戸は救われたかに見えますが――しかし江戸の誕生が描かれた後は、その終焉も描かれる必要があるのでしょう。
 続く幕末編で描かれる、その終焉とは…


 ちなみに本作の中で言及される、プレ江戸というべき江戸前嶋。
 江戸を舞台とした作品が無数にあるにもかかわらず、この非常に面白い題材を取り上げたものがほとんどないのは、実に不思議です。


「「魔京」第五篇「虚炎の譜」」(朝松健 「SFマガジン」2008年11月号、2009年1月号、3月号、5月号掲載)


関連記事
 「魔京」第一篇「さまよえる京」 ゆらぐ世界の中心に
 「魔京」第二篇「髑髏京」 京と京、システムとシステムの対決
 「魔京」第三篇「黄金京」 応仁ダニッチの怪
 「魔京」第四篇「石の都府」 信長、時間と空間を夢見る

|

« 「赤い歯型」 化外が生じるのは… | トップページ | 「醜い空」 その怪物の正体は… »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/45883510

この記事へのトラックバック一覧です: 「魔京」第五篇「虚炎の譜」 もう一つの京、徳川京:

« 「赤い歯型」 化外が生じるのは… | トップページ | 「醜い空」 その怪物の正体は… »