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2009.10.10

「多聞寺討伐」(その三) 時代小説とSF小説という両輪

 扶桑社文庫版「多聞寺討伐」の収録作品紹介のラストです。

「大江戸打首異聞」

 小伝馬町の牢屋敷で打ち首に処された男が、首を失いながらも立ち上がり、己の首を抱えて姿を消すという怪事件が起きた。一切の消息を絶った男を追う目明かしが知った真相とは。

 これまで単行本未収録であったという一作。いわばボーナストラック的作品であります。
 江戸時代の怪奇実話にありそうな事件が、結末に至って…というドンデン返しには既にこちらも身構えていましたが、あまりに豪快なトリック(?)と真相にはただただ唖然とさせられます。

 それでいて、冒頭に描かれる怪奇事件の真に迫った描写と、その後処理の件に妙なリアリティが感じられる辺りは、光瀬先生の地力というべきでしょう。


「歌麿さま参る 笙子夜噺」

 現代の古道具屋や画廊に、名工の幻の作品として知られる刀剣や絵画が次々と持ち込まれる。それが同一人の手によるものであるらしいと知った笙子・かもめ・元の三人は江戸時代に跳び、歌麿に接近する。

 「征東都督府」「幻影のバラード」「所は何処、水師営」等に登場し、光瀬時代SFの半ば常連トリオである笙子・かもめ・元が活躍する作品。
 現代に知られざる名品が次々と現代の東京に現れるといういかにも時間SF的な冒頭部から、今なお謎に包まれた東洲斎写楽の正体と、そのある種ペーソス溢れる真実の姿を描くという、何ともユニークな作品であります。

 他の作品に比べると、描かれる陰謀自体のスケール自体はそれほどでもないのですが、しかしそれこそが実行者のつけめであり、そして本作のリアリティでというものでしょう。

 それにしても、締め切りに追われる歌麿が、焦燥感に苛まれる姿の何とも迫力ある描写は、やはり経験者ならではというべきでしょうか…


 以上、七作品を取り上げましたが、その他の作品も含めて、いずれも光瀬時代SFの魅力溢れる作品であることは、間違いのないところであります。

 単に時代小説にSF小説の味を加えてみました(あるいはその逆)というのではなく、その両者が車の両輪として見事に物語を動かしていく――そんな本書の収録作品からは、作者にとって、両者が等価値であること、相反するものではないということが、強く感じられるのです。


 時代SFファンは言うまでもなく、SF小説プロパー、時代小説プロパーの読者の方にこそ、特に読んでいただきたい作品集です。

「多聞寺討伐」(光瀬龍 扶桑社文庫) Amazon


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