「蘆江怪談集」 男女の情念が生む怪談
「鏡花百物語集」で、大正の怪談会…いや怪談界で大きな存在感を示していたことを知り、気になっていた平山蘆江の怪談集が、このたび復刊――それも文庫本で!――されました。
早速飛びついて貪るように読了いたしましたが、なるほど、想像以上に豊かな内容で、幻の怪談の数々を堪能させていただきました。
本書に収録されているのは、蘆江による虚実織り交ぜた怪談小説十二編に、随筆「怪異雑記」。
昭和初期の初版以来、八十年近く再刊されず、収録作のうち何編かがアンソロジー等で収録された程度で、長らく幻の怪談集となっていたもので、私ももちろんほとんど全て初読の作品でした。
さて、本書を通読して印象に残ったのは、収録作ほとんど全てに――その形はもちろん様々にせよ――男女の間の情念が深く絡み、それを蘆江が、時にしっとりと、時にスマートに、時にユーモラスに描き出している点であります。
今の目で見ると怪異の描写にさすがに古めかしさ――というよりシンプルさが感じられる収録作がほとんどではありますが、しかしそれでも「怪談」として見れば実に面白いのは、まさにこの点によるものでしょう。
たとえば「投げ丁半」という作品――囲い者の女と、その囲い主の親友の男の二人旅という、何とも妖しげな艶っぽさを感じさせるシチュエーションの本作で描かれる怪異そのものは、さほど強烈なものではありません。
しかしそれが現出するに至るまでの二人の感情の生な、しかしどこか洒脱な動きが絡んだとき、ある種の人間の生の姿を切り取った物語として、本作は成立するのです。
優れた「怪談」とは単に怪異を描くものにあらず、それを媒介として人間の生の姿を描くもの――そのことを、本書を通じて再確認させていただきました。
なお、本書に収録された「悪業地蔵」は、新居に越してきた一家が怪異の連続に見回れた果てに、ある地蔵に込められた悪念の存在が暴かれる一編。
実話ならではの、一見理不尽で意味不明な怪異の裏側に、恐るべき呪いの姿が描かれるという内容は、今日日の怪談ジャンキーが読んでも満足できるものとして、強く印象に残りました。
「蘆江怪談集」(平山蘆江 ウェッジ文庫) Amazon

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