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2009.11.05

「狂乱廿四孝」 変わりゆく江戸と歌舞伎の先に

 明治三年、両足を切断した名女形・沢村田之助の復帰舞台「本朝廿四孝」が江戸中を沸かせる中、彼の主治医が惨殺され、さらに尾上菊五郎も何者かに襲撃される。河竹新七の弟子・お峯は、一連の事件の謎を追ううち、河鍋狂斎の幽霊画に込められた、歌舞伎界を揺るがす秘密に近づいていく。

 江戸時代末から明治初期にかけて活躍し、脱疽により次々と四肢を失いつつも舞台に立ち続けた悲劇の名優・三代目沢村田之助のことを初めて知ったのは、山田風太郎の某作品においてでした。
 一本、また一本と足を手を失い、日常生活を送るにも支障が出るであろう状況にあって、それでもなお舞台に立ち続けた田之助の執念とでも言うべき想いの前には粛然とさせられますが、その田之助を中心に据え、見事なミステリにして時代小説として成立させたのが、本作です。

 両足を切断した田之助が「本朝廿四孝」で奇跡の復活を遂げた陰で、猿若町を騒がせる事件の数々。舞台関係者が次々と殺され、三座に火がかけられるという異常事態の背後にあるのは、果たして江戸歌舞伎と上方歌舞伎の抗争か、それとも…
 と、そんな複雑怪奇な事件を彩るのは、数々の実在の演劇人、文化人であります。
 田之助をはじめとして、五代目菊五郎、七代目河原崎権之助(後の九代目団十郎)といった名優のみならず、河竹新七(後の黙阿弥)、さらには仮名垣魯文に河鍋狂斎(後の暁斎)まで――

 特に狂斎は、本人は作中のほとんどの部分で投獄されているものの、彼が菊五郎に与えた奇怪な幽霊画(本書の表紙に使用されている実在の作品)に、一連の事件の真犯人の姿が…? と、物語に大きな位置を占めています。

 そんな中にあって、探偵役を務めるのは、しかし、若干十六歳の少女にして新七の弟子・お峯。
 優れた観察眼と柔軟な発送の持ち主という設定とはいえ、彼女が多士済々の中で事件を解き明かす役を与えられているところに、実は本作の狙いがあると感じます。


 本作で描かれるのは、複雑怪奇な連続殺人事件の謎ばかりではありません。
 その事件を通じ浮かび上がるのは、江戸から明治を経て、新しい時代を迎える江戸の歌舞伎界の姿…いや、それだけでなく、東京と名を変えた江戸そのものの姿であります。

 明治維新、文明開化の名の下に、急激に、望まぬ変化を強いられた江戸。その変化の波は、庶民の娯楽である歌舞伎も無縁ではありません。
 そしてその姿を象徴するのが、病で四肢を失いつつある田之助であることは、作中でも触れられている通りであります。

 しかし、変化の生むものは、ネガティブなものばかりではありません。変わりゆく未来がもたらす希望の象徴――それこそは、江戸時代には考えられなかった女性浄瑠璃作家を目指すお峯であり、そこに彼女が探偵役であるわけ、探偵でなければならないわけがあります。

 ちなみに本書には、本作の原型となった短編「狂斎幽霊画考」が併録されていますが、そちらではお峯は単なる脇役の一人。
 このお峯の役割の変化が、短編から長編になるに当たっての作品の性格の変化――単に過去を舞台としたミステリから、ミステリを通じてその時代を浮き彫りにする時代ものへ――を象徴していると、私は感じるのです。
(そして、短編版が併録されているのはそれを暗示するため…というのは本編にかぶれすぎでしょうか)

 視点が変わりすぎて物語に落ち着かない印象を与えている部分など、若書きの部分は確かにありますが、しかし、そんな部分を考えてもなお、冒頭で見事なミステリにして時代小説と述べた所以であります。

「狂乱廿四孝」(北森鴻 角川文庫) Amazon
狂乱廿四孝 (角川文庫)

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