「浮世奇絵草紙」 虚実乱れる二つの世界に
江戸の町で、嫁入り前の娘が次々と奇怪な死を遂げ、鬼のしわざとの噂が流れる。描いた絵が実体化する力を持つ売り出し中の浮世絵師・渓流斉英河は、一連の事件に、かつて自分の許嫁を殺したのと同じ存在を感じ取る。英河は、鬼を調伏せんとする法力僧・貴浄とともに、事件の謎を追う。
これまでなぜこの作者のこの作品を読んでいなかったのだろう、と臍を噛むことが、恥ずかしながら私にはしばしばあります。第九回ホワイトハート大賞受賞作品である本作もそんな作品の一つです。
本作の主人公となるのは、実在の絵師・渓斎英泉である青年絵師・渓流斉英河。生まれつき、描いた絵が実体化する――ただし、あくまでもベースは墨で紙に描いたものであり、火に触れれば燃え、水に落ちれば溶けるというルールがあるのですが――という不思議な力を持ち、あたかも絵の神に愛されたような青年であります。
この青年が、法力はあるがちょっと頼りない青年僧を相棒に、かつて自分の最愛の人を殺し、今また幸せを目前とした女性の命を無惨に奪っていく鬼に挑む、というのが本作の趣向です。
本作の舞台となるのは、浮世絵師の世界と吉原の花魁の世界という、二つの世界。この両者は、どちらも時代小説ではお馴染みの世界ではありますが、少女小説である本作の想定読者層には縁遠いと思われる世界であります。
それを、その読者層とほぼ同年代のキャラクターの等身大の視線を通じて描くことにより、単なる知識や考証の羅列でない血の通ったものとして描くとともに、そこの住人が、現代と地続きの――決して同一ではないものの――メンタリティを持って生きていることを示すことに、本作は成功していると、私は感じますし、そこに魅力を感じます。
もっとも、この、地に足の着いた部分が丁寧に描かれている一方で、(特に終盤の)伝奇アクション的部分にいささか粗を感じないでもないのも事実。
実を虚に、あるいは虚を実にする浮世絵と、無数の虚の中に、ごくわずかの実が生まれる吉原。そんな虚実入り乱れる二つの世界のいわば落とし子とも言える存在に、虚を実に変える力を持つ主人公が立ち向かうというのは、よくできた構図と感じるだけに、勿体ない、という印象はあります。
(このように考えると、もう一人の主人公であるはずの貴浄の立ち位置がかなりぼやけていることにも今更ながらに気付きますが…)
もちろん、それが本作にとって致命的な瑕疵というわけでは、もちろんありません。これが作者の商業デビュー作であることを考えれば、相当の完成度であることは間違いありませんし、ティーンズ向けの枠を守りながら、きちんと読める時代ものを成立させていることが、何よりも嬉しいのです。
作者の水野武流氏は、本作の他、もう一作のみを発表しているのみですが、その後は片岡麻紗子の名前で、吉原を舞台とした時代小説等で活躍されているというのも、なるほど、と納得できるところです。
「浮世奇絵草紙」(水野武流 講談社X文庫ホワイトハート) Amazon

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