「玻璃の天秤」 揺れ動く心の天秤
品物の声が聞こえる力を持ち、海の向こうの国へ行くことを夢見る堺の貿易商人の娘・芽々。ある日、ライバル商人が太閤に珍しい品を献上すると聞き、探りに行った先で彼女が出会ったのは檻の中の異国の美少年・シオだった。自分を盗み出して欲しいというシオに、彼女は…
安土桃山時代末期の堺を舞台に始まる、時代ロマンス(?)のおそらくはシリーズ第一弾であります。
少女小説で時代ものというのは決して珍しいことではありませんが、しかし本作の主人公・芽々はその中ではちょっと変わり種。深窓のお姫様や姫武者などではなく、堺の貿易商人のもとで育ち、自分も天性の目利きの才を持つ女の子なのですから…
そして、その育った環境ゆえかはたまたこの年頃の少女に共通の想いか、異国への憧れに胸ふくらませる彼女が出会ったのは、太閤への献上品として売られてきた異国の美少年というのは、なかなかあざといようにも見えますが、しかしこの少年・シオの辿ってきた、そしてこの国で辿ることになる運命は壮絶の一言。
生まれつき体に鱗のような斑紋を持つがゆえに水神の子として扱われ、時に供物として、時に奴隷として人々の間で売り買いされてきた彼が、太閤に供されるその目的は…! と、かなりギリギリ感のある設定と展開に、コメディと思い込んでいたこちらの先入観もすっかり打ち砕かれました。
お話としてはもちろん、芽々がシオを救い出すべく奔走することになるのですが、しかし彼女を動かすのは、単なる異国のモノへの憧れだけでなく、彼女自身の出生から来る自分のこれからの生き方と在るべき場所への懐疑であります。
実は赤子の頃に商人の家に買われてきたという彼女にとって、家は自分の在るべき場所であると同時に、己を閉じ込める檻ともいえるもの。
そんな彼女が、シオに自分の姿を重ねるのは、これはいかにも少女らしい感慨とは言えますが、しかし、社会との対峙――そしてそれは、裏を返せば自分が暮らしてきた家との対峙なのですが――を前にして、自分をそこから連れ出してくれるかもしれないモノを求めるのは、これは彼女に限らず、この世代の少女に共通の感情でありましょう。
本作のタイトルとなっている「玻璃の天秤」とは、彼女の父が語った、商人が心中に持っているべきバランス感覚の象徴ともいえる存在ですが、それは同時に、このような彼女の揺れ動く心中の象徴でもあるのです。
(ちなみに、芽々の品物の声が聞こえるという能力自体は、さほど珍しいものではありませんが、その淵源を、自分の居場所を見つけたい、作りだしたいという彼女の感情に求めているところは、上記の如き彼女の設定をうまく生かしていると感じます)
…と、なかなか興味深い設定の本作ですが、しかし結末はいささか(厳しい表現を使えば)ご都合主義的な印象。ある意味リアルではありますが、しかしもう少し少年少女の野放図なパワーというものを感じさせてくれる展開でも良かったやに感じます(特にシオ)。
この辺り、子どもたちが想像するほど世の中は悪くないよ、大人だからできることもあるんだぜ――という風に解釈するのは…やはり好意的に過ぎるかな。
冒頭に述べたように、本作はシリーズ化が予定されていますが、さて檻から飛び出した二人が、本当に在るべき場所を見つけることができるのか――場所そのものよりも、その過程が気になるところです。
「玻璃の天秤」(岡篠名桜 集英社コバルト文庫) Amazon

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