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2010.02.13

「八百万」 人間らしさを見つめる目

 神田の町角の稲荷社の神様として、お供の夏葉・秋色・お咲と共にやってきた春門。神としての自覚がさらさらない春門は、人間の姿で町に顔を出しては、厄介事に巻き込まれてしまう。なりゆきから事件に挑む春門が、その中で見る人間の姿とは…

 「ミステリーズ!」誌に掲載された畠中恵の原作を、「地獄堂霊界通信」の漫画化等を担当しているみもりが漫画化した「八百万」が単行本化されました。

 二話発表された原作を、それぞれ三回に分けて漫画化した、その第一話については以前感想を書きましたが、今回二話まとめて読んでみると、なかなかよくできた漫画化であるという印象を持ちます。

 人間界に越してきたばかりの春門が、町内の鼻つまみ者だった商家の次男坊が毒殺された事件の謎に挑む第一話。
 そして、人に恋して出奔した神を追うことになった春門が、予言者めいた言動を見せる男が町で倒れた事件の真相を暴く第二話――
 いずれも、いかにも畠中作品らしいシチュエーションの物語であります。

 主人公の春門は、八百万の神の一人。当然ながら(?)超常的な力を持っているわけですが、しかし、事件に対してはその力を用いず、むしろロジカルな推理力でもって、真相を解き明かしていくことになります。
 それでは神様である意味は…となるかもしれませんが、もちろんそこに抜かりはなし。 春門が、神――人間と共にあり、人間を見守る存在――としての自覚は全くなく、それどころか人間にはむしろ懐疑的、いや冷笑的ですらある視点を持つ存在という点が、本作に独自な視点を与えているのです。

 二つの事件の中で、春門が見ることになるもの――
 それは、己のために他人を傷つける人間の醜さであり、不条理にしか見えないことを行う人間の愚かさであり、わかっていてもあやまちを重ねてしまう人間の哀しさであり、そしてそんな中に時折埋もれている人間の優しさであり…いうなればある種の「人間らしさ」というものであります。

 人間以外の、人間に否定的ですらある存在の目を通して、人間らしさというものを、より鮮明に浮き彫りにしてみせる。本作はそんな作品なのです。

 この手法は、一歩間違えるとずいぶんと冷たく、また重たいものとなってしまいますが、そこを巧みに緩和し、そしてむしろぬくもりすら感じさせる物語として成立させているのは、畠中作品らしいキャラ立てと、そして何よりもみもり氏のキュートで、温かみのある絵柄によるところが大でしょう。
 特に春門の、人の(神の?)悪い、それでいてある意味無邪気なキャラクターは、この絵柄でないともう想像できない…というとちょっと大袈裟かもしれませんが、実に良く似合ってることは間違いありません。

 続編が発表されないまま、ずいぶんと長い時間が過ぎてしまった原作ではありますが、ある意味実に良い形で復活できたのではないかと感じます。
 これを機に、原作の方も続きを、と望むのは、ちと調子に乗りすぎかも知れませんが…

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