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2010.02.25

「目付鷹垣隼人正裏録 錯綜の系譜」 上田作品、一つの到達点

 久能山東照宮には神君の遺品はなかった。将軍綱吉の厳命により探索を続ける暁に迫る刺客の群れ。親友にして義兄の平太郎に護られ、暁は一歩一歩、徳川家の将軍位に秘められた闇に近づいていく。最後の謎を解き明かすため、日光東照宮の神君廟所に向かう二人を待つものは。

 将軍綱吉により抜擢を受けた目付・鷹垣隼人正暁を主人公とした上田秀人先生のシリーズ「目付 鷹垣隼人正 裏録」第二弾であります。

 書院番の一人が斬首に処されたことに、着任早々不審を抱いた暁。独自に調べを始めた彼は、事件が徳川将軍家の正統性をも揺るがしかねない神君の遺品と繋がりがあることを知ります。その遺品を求めて、ついに久能山に向かった暁を待っていたのは…
 というのが前巻「神君の遺品」のあらすじ。こちらを上巻とすれば、下巻とも言うべき本作では、ついに天下を揺るがしかねない一大秘事が明かされることとなります。

 上田作品の魅力といえば、幕府にまつわる伝奇的秘密と、幕府の権力の座を巡る暗闘、その二つの面白さだと私は常々考えていますが、言うまでもなく本作でもそれは健在…どころか、これまで以上にクオリティの高い内容となっているのですからたまりません。

 その魅力の一つ、伝奇性はと言えば、これがまた、伝奇慣れ(?)した私も唖然とするほどの意外かつスケールが大きな物語が展開されます。

 前作である程度の謎は明かされていた上に、本作の序盤でも早々にある秘密が示されたためにすっかり油断させられましたが、実はこれが一種のミスリードとも言うべきもの。
 数々の戦いと謎を経て暁が辿り着いた、ある人物にまつわる秘密――結末で語られるその内容は、もちろんここに明らかにするわけにはいきませんが、まさか! と驚かされることは間違いなし。
 時代ものにはしばしば登場する人物ではありますが、正直に言ってこの解釈は初めて見た――それほどの衝撃的かつ思わず納得の内容です。

 そして、それに負けていないのが、もう一つの魅力である権力の魔との戦い。
 絶対権力者たる徳川将軍を戴いた幕府――しかし、その裏側で展開されるのは、少しでも己が権威勢力を増すために、時として将軍ですら駒として扱われるような、熾烈かつ陰湿な暗闘であります。

 この展開自体は、やはり上田作品でお馴染みのものであり、他の上田作品の主人公同様、暁もまた、この権力の魔に憑かれた者たちに対し、己の正義を貫くべく戦いを挑んでいくのですが――
 しかし本作では、暁もまた、権力の甘美さに触れ、一瞬とはいえ心を迷わせる姿が描かれます。

 これまでの上田主人公は、幕府で一定の権力を持つ役割につこうとも、それを積極的に用いようとしない者が大半であり、(幕政の中にありながらも)その権力と対峙する位置に立っていたと言えます。
 それはヒーローとしてあり得べき姿かもしれませんが、しかしそれは、主人公の目を通して権力というものを描くという点では、実は一面的と言わざるを得ません。

 本作において暁が権力の甘美さ――そしてそれこそが権力の魔の卵なのですが――に惑わされる姿を描いたことは、その一面的な見方を脱し、より複層的で現実的な視点から、権力というものに向き合う姿勢を取ったと感じるのです。


 思えば、現在活躍している中で、上田秀人ほど権力というものと真摯に向き合ってきた――そしてそれは、実は作品の強い伝奇性とは表裏一体なのですが――時代小説家は少ないと感じます。
 その作者が、それまでの立場からさらに踏み込んでみせた本作は、一つの到達点と言えるのではないでしょうか。

 まことに残念ながら、このシリーズは本作で一端の終了とのことですが、いつかまた、権力の魔に触れながらも、それでもそれに負けぬ道を貫く暁の姿を見たいと、心から感じる次第です。


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