« 「AKABOSHI 異聞水滸伝」第3巻 そして夜明けを告げるもの | トップページ | 「八百万」 人間らしさを見つめる目 »

2010.02.12

「御家人斬九郎」 肩の力を抜いた無頼

 剣の達人ながら無頼の遊び人・斬九郎こと松平残九郎は、名門の家柄に生まれながら無役で最下級の御家人。美食家で大食らいの母・麻佐女を養うため、罪を犯した者の首を内密に討つ「かたてわざ」を請け負う斬九郎だが、毎回何故か厄介な事件に首を突っ込むことに…

 渡辺謙主演の「御家人斬九郎」がHD化されて、CSの時代劇チャンネルで放送開始となったのをきっかけに、久しぶりに柴田錬三郎先生の原作を再読しました。

 今ではすっかりTVドラマの方が有名になった本作ですが、原作の方は柴錬先生が晩年に執筆した連作シリーズ。短編十話で構成された第一篇と、中編シリーズ四篇の、全五篇十話からなる作品です。

 あらすじの方は、ドラマをご覧の方はよくご存知かと思いますが、無頼の御家人・斬九郎が、大食いで美食家の母親を養うために、表沙汰に出来ない首切りをかたてわざ(副業・内職の意)で請け負う中で、様々な事件に巻き込まれるというもの。
 …なのですが、小説ではかたてわざがメインなのは第一篇「片手業十話」くらいで、残りのエピソードでは、斬九郎が親友の南町奉行所与力・西尾伝三郎らに依頼されて、様々な事件解決に挑むというスタイルと相成ります。

 内容的には、正直なことを言ってしまえば、かなり粗いものとなっていて――特に中編では、物語が破綻しているものもあり――その意味では残念な部分もあるのですが、しかしそれを補って余りあるのは、やはり斬九郎と母・麻佐女のキャラクター造形、やり取りの面白さでしょう。

 斬九郎の方は、齢八十を過ぎても矍鑠として美味いものをたらふく食べたがる麻佐女を、「娑婆塞ぎのくそババア」などと罵るかと思えば、麻佐女の方は、十八松平に連なる家に生まれながら、滅多に家にも寄りつかぬ極道息子に、本気で長刀を振り回すという殺伐っぷり…
 それでいて、実は二人とも、誰よりもお互いを気遣っているという、今の言葉でいうところのツンデレなのも楽しく、ある意味息のあった二人の罵り合いが、何とも楽しいのです。
(余談ですが、柴錬作品で首斬りを扱ったものに「首斬り浅右衛門」という名品があります。こちらは、首斬りの業に憑かれて破滅していく男の姿が描かれた作品ですが、同様の生業を持ちながらも、斬九郎があくまでも陽性のキャラクターとなっているのは、母の存在がやはり大きいのではありますまいか)

 このような斬九郎のキャラクター造形は、極めて不遇な家庭環境――いや、斬九郎も不遇と言えば不遇ですが――による宿業を背負わされることがほとんどの柴錬主人公の中では、珍しいタイプではあります。
 しかし、己自身のために、その優れた剣技を振るいながらも、人として越えてはならない一線は決して越えず、己の命に恬淡として孤剣を頼りに死地に飛び込んでいく――そんな斬九郎の中にもまた、柴錬流の「無頼」精神があるのは言うまでもありません。

 柴錬作品における「無頼」が、単に勝手気ままな振る舞いでも無法でもなく、己の信ずる道を、誰に頼ることもなく独り歩む姿勢であることは、これまでも様々な作品の感想の中で述べてきましたが、斬九郎もまた、その無頼というダンディズムの体現者なのであります。

 良くも悪くも肩の力を抜いて書かれた作品ではありますが、やはり柴錬作品は面白いと、そんな当たり前のことを――そして、原作の持ち味を活かしつつも、独自のビジュアライズをしてのけたドラマも凄いと――改めて感じさせられたことです。

「御家人斬九郎」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon

|

« 「AKABOSHI 異聞水滸伝」第3巻 そして夜明けを告げるもの | トップページ | 「八百万」 人間らしさを見つめる目 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/47543361

この記事へのトラックバック一覧です: 「御家人斬九郎」 肩の力を抜いた無頼:

« 「AKABOSHI 異聞水滸伝」第3巻 そして夜明けを告げるもの | トップページ | 「八百万」 人間らしさを見つめる目 »