「機巧奇傳ヒヲウ戦記」 第20話「父よ! 旅立ちの時」
風陣の大機巧・海鬼は、次々とおろしあ船を沈めていく。その最中、ヒヲウはマスラヲを連れ戻すために、単身海鬼に潜り込む。そこでクロガネを殺そうとしていたアラシを止めるヒヲウ。だが益満らの破壊工作で海鬼が傾き、甲板の機巧がヒヲウへと迫る。ヒヲウを庇って深手を負ったマスラヲは、ヒヲウにその名の由来を語り、息を引き取るのだった。薩摩の攻撃を避けるため海鬼は海中に消え、ヒヲウたちは混乱の中で消えた華を捜すため、再び旅に出るのだった。
アバンで描かれるのは、桜田門外の変直後のエピソード。風陣が勝手に大老襲撃に加わったことに赫怒する前藩主と、その弟・利連の対立――それが後に藩主暗殺と繋がるわけですが――が描かれれます。
この場合、前藩主が保守派、利連が開明派となるわけですが、しかし果たしてどちらの立場が正しいのか? 一概に言えぬこの時代の難しさの一端が、ここには表れています。
さて、貿易相手であるはずのおろしあ船を突如襲い始めた風陣の大機巧(というより万能戦艦)海鬼。
数話前から仄めかされていたように、風陣の真意は、己の力を世界に示すことであり、そのためには異国と戦を起こそうとしていたのでした。
この辺り、ちょっと豪快すぎる感もありますが、しかし制外の民であるクロガネが、武士たちと互するにはこれも一つの手段だった…と言えなくもありません。
その手段は全く許されないものであるにせよ、天下に自分の才を示したいという想いは、マスラヲ――さらにはアラシやヒヲウとさえ――通じるものであり、マスラヲがクロガネと行動を共にしていた理由は、そこにもあるのではないかと感じます。
しかしそのデモンストレーションで船を沈められる方は堪ったものではありません。
ここでヒヲウたちは、新たに装備された水車で水上移動が可能となった炎で、沈没した船の乗組員たちを救助して回ることになります。
実はこの水車を取り付けたのはマスラヲであり、そして「機巧はマツリのために」「戦はもののふのマツリ」という言葉と共におろしあ船を沈めたのもマスラヲ。
この辺り、白黒つけたがる向きには不評だったかもしれませんが、まさにこの点に、機巧師と人の親との間で揺れ動くマスラヲの葛藤を見るべきでしょう(もちろん、機巧、ひいては大きすぎる力の持つ二面性も込められていることは言うまでもないでしょう)。
そして救助が一段落した後、マスラヲを迎えに行こうとするヒヲウを穏やかに送り出すのが、前回その父の葛藤を目の当たりにし、かける言葉を持たなかったサイだった、というのが泣かせてくれるのです。
結果論で言えば、この行動がマスラヲの命を奪ったと言うこともできるのですが、しかしマスラヲにとっては、この結果はある種納得のいくものであったやに感じます。
内心で自分の行動を悔い、誰かにそれを止めて欲しかった――という部分もあったかもしれません。
しかしそれ以上に、自分の行動とその先に待つものに迷いを抱くようになってしまった男にとって、迷いなく己の道を行こうとする我が子の命を救って逝くというのは、それは魅力的なものではないか…というのは些か感傷的で穿った見方に過ぎるかもしれませんが、的はずれでもないように感じるのです。
そして語られるヒヲウの名の由来。
ヒヲウのヲウは、「逐」――追い払うこと、遠ざけること。
火の如き戦など追い払う力を持つ者、火を逐う者…彼がその名に恥じぬ人間であることを、我々は、そしてマスラヲは知っています。
そしてヒヲウに対し、「糸操りと離れ機巧、どちらが好きか」という、何とも意味深な問いかけを残し、その答えを耳にして、マスラヲは逝くのでした。
さて、何と潜水機能付きの海鬼は、薩摩の攻撃を避けて海中に消え、海鬼にヒヲウがいると思いこんだ華は、海に飛び込んだまま行方不明に。
ヒヲウ一行は、新藩主となった雪弥、そして土佐に帰るという才谷(しかしこの人、冷静に考えるともの凄く胡散臭い人だな…)と別れ、新たな旅に出ることになります。
一つの命が失われた後に、一つの命が育っていく…生命の環を感じさせながら、物語は新たな展開を迎えます。
…と、しみじみした余韻をぶちこわす清河の次回予告を何とすべきか。
「機巧奇傳ヒヲウ戦記」下巻(バップ DVD-BOX) Amazon

| 固定リンク

コメント