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2010.05.06

「スズナリ! あやなし甚吉奇聞」 時代と人の心の間に

 時は大正、身寄りをなくして東京に出てきた書生志望の少年・花村甚吉は、身を寄せることになった藤ノ森家の周辺で、次々と不思議な事件に巻き込まれる。それは「あやなし」が引き起こしたものだった。甚吉は、あやなしを見る力を持つ不思議な鈴と狢の蘇芳の力を借りて、事件に挑む。

 昨年創刊された「別冊少年マガジン」誌に連載されていたユニークなファンタジー「スズナリ! あやなし甚吉奇聞録」が単行本化されました。
 帝都東京を舞台に、田舎から出てきた少年・甚吉が、人の心が生んだ「あやなし」に挑むという基本設定を見ると、何やら派手な妖怪退治もののような印象もありますが、ありがちな内容から少し外れたところに個性と魅力のある作品であります。

 当てもなく東京に出てきて無一文となった甚吉の手に唯一残ったのは、祖母の形見の不思議な鈴のみ。振ればこの世にあらざるものを見ることができるその鈴の力を借りて、甚吉は不思議な事件を解決するため、奔走することになります。

 しかし本作の最大の特徴であり、面白い点は、その事件を起こしたものが、妖――いわゆる妖怪とは限らないことでしょう。それがタイトルにもある「あやなし」という存在であります。
 あやなしとは天然自然から生まれる妖怪とは異なるモノ、漢字で書けば「妖無し」となる存在。人の心の不安や恐怖――わからないこと、忘れてしまいたいことを心に抱え、それがあるきっかけを得た時に実体化するもののことであります。

 本作の舞台となるのは、西洋化が定着し、既に文明開化という言葉すら過去のものとなったかのような大正の世。それにもかかわらず、いやそれだからこそ…人の心には、新しい不安が根付き、蝕んでいく。
 わずか数十年たらずのうちに周囲の世界は大きく変わっても、そこに暮らす人間の心はそうそう簡単に変わるものではありません。その隙間に生じたきしみ、矛盾が極限に達した時――そこにあやなしは生まれるのでしょう。
 本書に収録されている四つのエピソードで描かれるのは、いずれも、そんな変わりゆく時代と変わらない人の心の間で生まれたあやなしなのです。

 そして、そこに本作の主人公・甚吉があやなしに挑み、打ち勝つゆえんもまたあります。変わりゆく時代への恐れが、変われない心への不安があやなしを生むのであれば、時代を恐れなければいい。心を変えていけばいい。
 それは決して簡単なことではありませんが、しかし、己の不幸に負けず、人の幸せを求める純粋な意志こそが、それを乗り越えることができると、甚吉の姿は示しています。


 このように、ユニークな怪異観を通して、時代の変化と人間の心の有り様を描く本作ですが、しかし残念なのは、その本作のキモである「あやなし」の概念が、今ひとつわかりにくいことであります。
 本作においては、あやなしとともに天然モノ(?)の妖たちも登場するのですが、両者の違いというものが意外とわかりにくい(どちらも甚吉の鈴で見えたり、あやなしを倒す手段が妖の蘇芳の力である点にも、原因があるやに思われます)。

 絵柄もキャラクターもアイディアも、どれも水準以上ではあるのですが、しかし、どこか本作にもどかしさがつきまとうのは、実にその点によるのではないかと感じた次第です。その点が実に勿体ない…としか言いようがありません。


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