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2010.06.29

「怪談累ヶ淵」 人間の悪を見つめて

 柴田錬三郎先生といえば、やはり剣豪小説・伝奇小説の印象が強くありますが、怪奇小説に属する作品も、何編も残しています。
 本書は、怪談短編集「地獄の館」に収録された時代ものを中心としつつ、その他の作品集からも怪談・奇談を収めた短編集であります。

 本書には、柴錬先生自身の体験談である「わが体験」をはじめとして、以下の作品が収められています。

 美男の座頭が尼寺で夜な夜な死霊の訪ないを受ける「座頭国市」
 ある旗本と鍼医、二つの一族が、悪意にまみれた数奇な運命の果てに滅び去る因縁譚「怪談累ヶ淵」
 御様御用、そして罪人の首斬り役を務めた山田浅右衛門が狂気のうちに自滅する様を描く「首斬り浅右衛門」
 四谷怪談の物語を、愛欲に溺れる男女の地獄めいた姿から捉え直した「四谷怪談・お岩」
 毒婦として知られる女の辿ってきた運命を描く「高橋お伝」
 昭和天皇に仕えた侍従と侍女の悲恋が、異常な形で結実する「天皇屋敷」
 古武士の風格を湛えた老軍人と彼の信仰した観音像の関わりを描く奇譚「君子非命譚」

 ストレートな幽霊譚あり、陰惨極まりない因縁譚あり、変格の剣豪小説あり、近現代を舞台とした奇譚あり――このバラエティに富んだ短編集に共通して描かれているものを――作者自身の物語である「我が体験」、他の作品とは趣向が異なって感じられる「天皇屋敷」「君子非命譚」をとりあえず除いて――探すとすれば、それは、人間の持つ「悪」の側面でしょう。

 本書に収められた怪談奇談の大半に共通するのは、人間の持つ様々な悪と、それが生み出す罪、そしてその報い。その中には超常現象が介在することも皆無ではありませんが、しかし、物語の中心にあるのは、あくまでも人間の、人間自身の悪なのであります。

 そんな本書を代表する作品は、やはり表題作である「怪談 累ヶ淵」でしょう。
 本作の冒頭には、極めて印象的な作者の言葉が付されています。「これから語る物語の登場人物は、一人のこらず悪人だ。」と。そして、その言葉に偽りはありません。

 本作は、小普請組の旗本・深谷新左衛門が、高利貸しの鍼医・宗順への借金に窮したことから始まる因縁譚であります。
 自分の目の前で妻を抱かせるという醜悪な方法で返済しようとするも、逆上して宗順を殺し、そして妻を、自分自身をも殺した新左衛門。家を出奔していた彼の嫡男・新一郎は、宗順の次女を誤って殺し、流浪の果てに盗賊に身を落とした末に無様に捕らわれ、処刑されることになります。
 そして新左衛門の妾腹の子・新三は、宗順の長女から金を奪って情婦お久と蓄電するも、累ヶ淵で長女の幻を見た末にお久を殺害。そして乞食となった己の母から、お久が生き別れの妹であったことを聞かされ、処刑された新一郎の首の前で絶望の果てに彼が取った行動は…と、一片の救いもない、陰惨極まりない物語であります。


 …それにしても、柴錬作品といえば、やはり冒頭に述べた如く、剣豪小説・伝奇小説の印象が強くあります。
 そこに描かれた登場人物には、全くの悪人というものは存外少なく、悪を行う者であっても、ある種の心意気を持った者が多いと感じられます。

 しかし、「怪談累ヶ淵」をはじめとする、これら人間の「悪」と直面した作品群を読めば、それが柴錬作品の一面に過ぎなかったと、今更ながらに感じさせられます。

 思えば、柴錬ヒーローの代表である眠狂四郎は、悪業にまみれた陰惨な生まれを背負い、そして自らもそれに引かれるように様々な罪を重ね、その重みに喘ぎつつも歩む者でありました。
 その彼に、「悪」の存在が――彼自身は、誰よりも深く自覚していながら――感じられぬのは、その悪を単なる無法にさせず、最後の最後で己を律する「無頼」の魂があったがゆえでしょう。

 とすれば、狂四郎たち柴錬ヒーローはそれぞれ、己の「悪」を認識しつつも、それを「無頼」の精神で昇華していたのであり――そしてそれは、人間の様々な悪の存在を知っていた作者が、それを乗り越えるために求めた、人間の在り方ではなかったか…そんなことすら感じさせられます。


 ちなみに「怪談累ヶ淵」は、「怪談残酷物語」のタイトルで映画化されています。
 その中で新一郎を演じたのが、後に眠狂四郎を演じることとなる田村正和であったことを、単なる偶然と解すべきでしょうか…

「怪談累ヶ淵」(柴田錬三郎 光文社文庫) Amazon

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