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2010.06.14

「山彦ハヤテ」 孤独を超えてゆく力

 陸奥国折笠藩の水ノ目山で一人暮らす少年ハヤテ。ある日、山で行き倒れた男を助けたハヤテだが、それはなんと若き藩主・三代川正春だった。藩の御家騒動で命を狙われたマサ(正春)、野生児ハヤテ、マサに懐いた狼の尾ナシ、二人と一匹は、次々と事件に巻き込まれる。

 陸奥の小藩を舞台に、山育ちの野生児と、お人好しでちょっと頼りない藩主が活躍する全四話の短編連作集であります。

 タイトルロールのハヤテは、藩のお留め山で暮らす野生児。妻を失って荒みきった生活を送り、ついには人を殺して逃げ出した父に捨てられ、以来、ただ一人山で暮らしてきたバイタリティの固まりのような少年です。
 そのハヤテと、身分と年齢を超えた友人となるのが、もう一人の主人公とも言うべきマサこと三代川正春。
 善良なのはいいのですが、お坊ちゃん育ちでどうにも頼りない若き藩主であります。

 物語は、正春の初めてのお国入りから始まります。初めて見る領国への期待に胸膨らませる正春ですが、しかし、藩は真っ二つに割れての御家騒動の真っ最中でありました。
 先代藩主の側室の子(つまり正春の異母弟)を藩主に据えようとする一派に狙われ、信頼していた守り役にまで裏切られた正春は、ただ一人、這々の体でお留め山に逃れるのですが…そこで彼を拾ったのがハヤテ。

 まさか藩主がこんなところにいるとは思わないハヤテは、正春をマサと呼んで、おかしな共同生活を始めるのですが、暗殺の魔手はなおもマサに迫って…というのが第一話のあらすじであります。


 ですます調の呑気な味わいの語りと、個性的なキャラクターの活躍、そしてど派手な伝奇的アイディアが魅力の米村作品ですが、実は本作には伝奇要素はありません。
 それで本作がつまらないか、といえば、もちろんそんなことはありません。
 これはいつもどおりの賑やかなキャラたちがドタバタ活劇を繰り広げる中で、孤独に疲れ、自分の生き方に迷う者たちが、手を取り合って明日への一歩を踏み出していく様が、本作では温かく描かれているのです。

 父親に捨てられ、人との関わりも最小限に山の中で暮らしてきたハヤテ。
 一見何不自由ない暮らしのようでいて、周囲の者は皆打算ばかり、心から信じられる者を持たないマサ。
 そんな孤独の中で出会った二人が、貧しく素朴な、しかし打算抜きの暮らしを送るうちに、真に胸襟を開ける仲となり、相手のために己の命を賭けても惜しくない真の友となっていく――その過程が実に良い。
(特に、マサと出会ったことで己の「孤独」を認識してしまったハヤテの姿が、ほほえましくも切ないのです)

 もちろん、そんな友が出来たからといって、二人を取り巻く環境が一変するわけでもなく、それぞれの力も、たかがしれたものではあります。
 そして、米村作品の多くがそうであるように、本作においても、普段の脳天気な展開に比べれば驚くほどシビアな形で――特に第四話の展開は、ある種人情もののお約束をひっくり返すような良い意味の身も蓋もなさ――人生の裏側、醜い部分が描かれ、二人に突きつけられることになります。

 しかし、自分がこの世界にたった一人でないと知ること、そして自分が手をさしのべれば、向こうからも手をさしのべてくれるかもしれないということを知ることは、人間にとって、何よりも強い支えとなり得ます。

 本作の中で、幾度となく窮地に追い込まれながらも(第二・三話でマサが陥った窮地は、実に米村作品らしくて可笑しいというか何というか)が、それでも絶望せず、自分の未来を切り開いていく二人の姿は、そんなささやかで、それでいて尊いことを教えてくれます。

 他の米村作品に比べると地味めではありますが、しかし読後感の良さは屈指の、愛すべき作品であります。

「山彦ハヤテ」(米村圭伍 講談社) Amazon
山彦ハヤテ

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