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2010.07.19

「観 KAN」 室町を観た十七歳

 武家と宮方の争いの余塵収まらぬ頃、天性の美貌と才能を持つ大和の猿楽太夫・三郎は、既存の猿楽に飽きたらず、自分だけの新たな一座を持とうと考えていた。かつて垣間見た足利尊氏の威容に惹かれ、その前で舞うことを目指す三郎だが、しかし彼の周囲には、その才能を利用しようという者たちの手が…

 ライトノベルの次のステップ、ライトノベルと一般書籍の間を埋めるものとしてあろうとするように、快調に新刊を生み出しているメディアワークス文庫ですが、その中には歴史もの、時代ものに属するものも含まれています。
 後に能楽を生むことになる観阿弥の少年時代を描いた本作「観 KAN」も、その一つであります。

 その子の世阿弥とともに、いまや歴史の教科書には必ず登場する観阿弥。
 しかし、その前半生にはほとんど記録が残っておらず――当時の芸能者の身分を考えれば全く不思議ではないのですが――謎の部分も多いこの人物を主人公とするのは、まず着眼点の妙と言えるでしょう。

 とはいえ、一読した印象としては、内容的には、芸道小説…というよりバンド小説といった方がしっくりくる内容。
 若く才能あふれる少年が、自分だけの、自分の思い通りの音楽をやるために世間を相手に苦闘する。仲間を集め、場を探し、しかし大人に裏切られ、傷つき…それでも自分のライブを成功させる。
 本作は、基本的にはそんな典型的な(と言ってはやはり乱暴に過ぎるのですが)内容の作品であります。

 十七才の観阿弥が、基本的に一人称形式で語る本作は、もちろん若き天才らしい一種の独善性と、それと裏腹の脆さ・儚さに満ちたものでありますが、それもまた、現代の我々から見ても違和感を感じるものではなく、むしろ現代と地続きのそれを感じさせます。


 そんな本作が独特の輝きを放っているのは、本作の内容が、現代性を持ちながらも、室町という時代に沿って描かれているからでしょう。

 室町時代の、それもごく初期――後醍醐帝の下で鎌倉幕府を倒した足利尊氏が、その帝に反旗を翻し、自らの幕府を作り出す。そんな強烈なパラダイムシフトの最中に、十七歳の観阿弥は生きています。

 足下の価値観が揺らぎ、いやそればかりか己の命を守ることすら危うい時代。
 しかしそんな時代だからこそ、古い時代の殻を破って現れる新しいものがあります。

 本作において、観阿弥が、それまでの猿楽を、そして猿楽師としての身分を突き破って生み出そうとしたものとして描かれる能もまた、その時代性と呼応したものとして感じることができます。

 その意味では、本作の観阿弥は室町という時代の象徴であります(そんな彼が、尊氏に強烈に惹かれたというのは、何よりも象徴的であります)。

 本作は、そんな室町の申し子である観阿弥が、己を、己自身の芸術を通して、現代の我々にも通じる悩み・苦しみを描き出したと同時に、室町という時代を「観」たものといえるでしょう。

 もちろんそれは、彼の生涯の、そして歴史の流れのごく一部分に過ぎません。
 これから彼が何を観るのか、そしてそれが我々の生とどのように響きあっていくのか…この先の物語も観てみたいものです。

「観 KAN」(永田ガラ メディアワークス文庫) Amazon
観―KAN (メディアワークス文庫)

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