「春風仇討行」その二 宮本作品の光と影
宮本昌孝先生の「春風仇討行」収録作品のうち、残る「蘭丸、叛く」「瘤取り作兵衛」の紹介であります。
「蘭丸、叛く」
同じ小姓の松千代から愛を告げられた森蘭丸。しかし彼は、信長が松千代に見せる態度に、ある疑惑を抱く。松千代にまつわる秘密を知り、彼を守り抜こうとする蘭丸だが…
織田信長の忠臣として知られる森蘭丸と、彼と同じく信長に仕えた美少年・松千代の愛を通して、意外な秘密の存在と、あまりにも皮肉な結末を描く佳品であります。
自分の同僚であり、後輩である松千代から愛を告げられた蘭丸――その想いを受け入れたいと欲する一方で、蘭丸の心の中にあったのはある疑念でありました。
臣下の落ち度を容赦なく罰する信長、その信長が、唯一、破格の優しさを向けていたのが、松千代だったのです。
単なる小姓への鍾愛とも異なるその態度に秘密の存在を感じ取った蘭丸は、ある夜、松千代とともにいたところを刺客たちに襲われたことをきっかけに、その秘密に迫るのですが…
と、美少年同士の禁断の恋愛模様が描かれるかと思いきや、しかし物語は意外な方向に展開していきます。
蘭丸の探索の果てに明かされる真実は、さして意外なものではないようにも感じますが、しかし、何者が刺客を送ってきたのか、その真相は一ひねりが効いていて、なかなか面白いのです。
しかし、本作の真骨頂は、全ての謎が解けた果てに待ち受ける、あまりにも皮肉かつ切ない結末であることは間違いありません。
信長の忠臣として知られる蘭丸が、一体何故、どのようにして「叛く」というのか――
本作を読み始めた時から頭にあった疑問が、最後の最後で、もっとも鮮やかな形で明かされるというのは、これはまさに構成の勝利でしょう。個人的には、本書でもっとも印象に残った作品であります。
「瘤取り作兵衛」
右頬に大きな瘤を持つ明智家の武辺者・安田作兵衛。本能寺で信長に槍を付けながらも、その一徹ぶりから秀吉に許された作兵衛が何処かへ消えて数十年後、作兵衛は立花宗茂に見出されるが。
最後に収録されているのは、信長に槍を付けた男・安田作兵衛の人生を巡る、光と影の物語であります。
安田作兵衛は、明智光秀の臣・斎藤利三に仕えた侍で、本能寺では信長を襲ったほか、前作の主人公である森蘭丸を討ったという人物。
山崎の戦で敗れた後は、天野源右衛門と名前を変え、様々な家に仕官した後、立花宗茂に仕えたと言われていますが…それはあくまでも史実と伝えられる内容であります。
それを本作では、作兵衛と源右衛門は別々の人物だった、と設定することにより、痛快な豪傑譚を展開しつつも、同時に陰影に富んだ人間絵巻を描くという離れ業を成立させているのですから驚かされます。
本作では作兵衛を、癇癪持ちでありながらも、どこまでも豪快、そして筋目の通った好人物として描き出します。
光秀の命で信長を襲いながらも、信長の威名を辱めないため、信長を討った男と名乗ることを拒む一徹ぶりと、そして光秀の娘・玉子(ガラシア)を密かに慕う純情さを併せ持つ、まさに男らしい男、なのであります。
それに対して、源右衛門は対照的に小心者で分を過ぎた野心家、強い者に諂い、弱い者に居丈高になり…といいところなしの人物。
明智家で同輩だったそんな二人の運命が、本能寺をきっかけに分かれ、そして意外な形で再び絡み合う姿を、本作は時にユーモラスに、時に残酷に描き出します。
ことに印象に残るのは、本作が、いかにもヒーロー然とした作兵衛のみならず、敵役として生まれたような源右衛門にも、優しい視線を向けている点でしょう。
考えてみれば、宮本作品には数多くの悪役が登場する中で、純粋な悪のための悪というのは存外に少なく、むしろ、人間としてやむを得ない弱さを持っているが故に悪を行う人物が、多く存在することに気づきます。
本作の源右衛門はまさにその系譜の源流に立つ人物ですが、その彼が、本作では作兵衛とまさに表裏一体の存在として描かれていることは、なかなか象徴的ではないでしょうか?
以上四作…宮本作品の颯爽とした部分、光の部分だけでなく、その背後に影が存在すること、そしてそれも含めての宮本作品の魅力であることを、改めて感じさせてくれる作品揃いであります。
「春風仇討行」(宮本昌孝 講談社文庫) Amazon

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