「春風仇討行」その一 その名にふさわしい仇討ち譚
「春風仇討行」「一の人、自裁剣」「蘭丸、叛く」「瘤取り作兵衛」の四編を収めた、宮本昌孝先生の最初の時代短編集であります。
初版の刊行は十五年前ですが、今みてもほとんど古びた点のない、よくできた作品揃いであります。以下、各作品毎に紹介していきましょう。
「春風仇討行」
丸亀藩の名物娘・りやは、ある日、自分の実の両親を殺した男の存在を聞かされ、仇討ちのため江戸に出る。しかし、その介添えに付けられた青年はてんで軟弱者で…
表題作である本作は、藩評判の美しさながら「むさんこ」(無鉄砲)としても知られる娘・りやを主人公とした仇討ちものであります。
思わぬことから両親の敵の存在を知ったりやが、頼りない優男の侍とともに江戸に出て、苦難の果てに見事仇を討つ…という内容は、仇討ちものの定石通りの展開ではありますが、しかしそれでもやっぱり面白いのは言うまでもないこと。
さほど長くない中で、りやの幼い頃の淡いロマンスから、剣鬼との対決、腰抜け侍との交流から、ラストの決闘の意外な展開まで、様々な要素を盛り込みつつ、一気に読ませる作品であります。
作者の初期の作品であるためか、若侍の正体があまりにも予想通りであったり、りやのキャラクターが作者にしては類型的にすぎる――特に、真面目な女性読者は怒り出すかもしれません――点など、惜しい部分は、確かに皆無ではありません。
しかし、りやの仇討ちの背景に、親孝行を異常に重要視する時の将軍・綱吉への藩上層部のおもねりがあったり、敵方の剣鬼の背景にも、やはり藩の身勝手さがあったりと、決して脳天気なだけの物語で終わっていない点には注目すべきでしょう。
もっとも、やはり本作で見るべきは、いかにも宮本作品らしい爽やかな味わいでしょう。
終盤で描かれるある小道具の気の利いた使い方から、心温まる結末に至るまで、「春風」という言葉にふさわしい、まことに心地よい作品でした。
「一の人、自裁剣」
秀吉の甥というだけで、関白になってしまった男・豊臣秀次。万事周囲の思惑に振り回される彼にとって、唯一心を開けるのは、剣の師である富田景政のみだったが…
しばしば時代小説の題材に取り上げられる豊臣秀次の死に至るまでを描いた作品。
秀次の「殺生関白」という異名が正しいものであったかは、作家によって全く異なる解釈がなされていますが、本作は、秀次の師・富田景政との交流を通して、秀次の複雑な心中を描き出しています。
単に秀吉の甥というだけで、単なる百姓の身の上から、何の功績もなく――それどころか多大な失敗を重ねながらも――「一の人」まで上り詰めてしまった秀次。
彼が抱えた孤独をもっとも良く知り、少しでも癒そうとした景政の試みは、一旦は成功したやに見えますが、しかし、皮肉な歴史の流れは、秀次をついに狂気の蛮行へと駆り立ていきます。
その秀次に対し、景政が最後に残した奥義――その内容は、一見ひどく皮肉かつ毒のあるもののように感じられます。
しかしそれこそは、景政の師としての最後の思いやりであり…そして、それ以外に秀次になすすべを持たなかったその断腸の思いを考えれば、粛然とせざるを得ません。
剣法者と暗君(として伝えられる人物)を描いた作品は、隆慶一郎や戸部新十郎なども著しており、その意味では新味というものはありませんが、作者の確かな人物眼が印象に残る作品であります。
長くなりましたので、残る二編は、次回の紹介といたします。
「春風仇討行」(宮本昌孝 講談社文庫) Amazon

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