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2010.08.13

「開花あやし事件帖」 人間と隣人たちとのちょっとおかしな交流記

 月刊「あやし」の編集者・青山千方は、編集部に持ち込まれた箱に封印されていた生きている手・手手丸に気に入られてしまう。しかし手手丸は、長らく眠りについていた強大な妖怪・阿猛丸の片手だった。自分の手を取り戻そうとする阿猛丸に追われるうち、千方は不思議な事件の数々に巻き込まれる。

 「猫絵十兵衛御伽草紙」の永尾まる先生が「コミック「怪」」誌に連載していた連作短編コミックが単行本化されました。

 明治の頃、不思議な鬼の手・手手丸に好かれてしまった青年・千方が、その手の持ち主である阿猛丸をはじめ、様々な妖怪・幽霊と出会い、事件を解決していくという趣向の本作。
 言うまでもなく、最大の特長は、主人公の相棒(?)が生きている手であることでしょう。

 作中で詳細は語られてはおりませんが、本体の阿猛丸(明示されていませんが、作中で「角ある蛇」と呼ばれているのを見るとその正体は…)から切り離され、別個に封印されていた手手丸。
 そのビジュアルは本当に手首がついた巨大な手――というと実に猟奇的ながら、しかしまるで捨てられていた子犬のように千方に懐いてしまった姿はなかなかにかわいらしく、千方もすっかり情が移ってしまうのですが…

 しかし、阿猛丸にとっては迷惑極まりないお話、俺の腕に何をする! …と、何やら三角関係めいたお話になってしまうのがおかしい。
 しかも千方はどうやら人外を呼び寄せる体質の上に、オカルト雑誌の編集者という職業柄、次々とおかしな事件に巻き込まれて、毎度大騒動に展開していくことになります。

 本作の特色は、その事件が――掲載誌の性質ゆえか――「猫絵十兵衛」に比べると、いささか怪奇度が高めな点でしょうか。

 没落華族の屋敷の跡地に立ち入る者にまとわりつき、埋め尽くそうとする付喪神たち、恨みを晴らそうと出没する生首幽霊と首なし幽霊、そして齢数百年を数えるであろう巨大な蜘蛛の妖…
 普段コミカルで可愛らしい絵柄の永尾先生ですが、その絵柄を生かしつつも、ギョッとするような怪奇描写が不意打ち的に来るのが印象に残ります。

 特に生首幽霊は、生首の切断面も生々しく、しかも上下逆さまに登場するという念の入れよう(?)で、しかし顔は永尾絵という違和感もあってインパクト抜群。
 「猫絵十兵衛」がコミカルさ主体なだけに、こういう側面もあったか、と今さらながらに驚きました。


 しかし、本作が他の永尾作品と変わらないのは、そうした人外のモノたちと、人間との付かず離れずの距離感であります。
 我々人間と同じ世界に在り、時に我々のと暮らしと交錯しながらも、決して我々と同じ――その生きる時間も含めて――存在とはなりえないモノ。しかし、それでいて、決して我々と相容れぬわけではない隣人…

 人と、そんな彼ら隣人との微妙な距離感、不思議な交流を微笑ましく、瑞々しく描く――そしてそこに不思議な安心感を感じさせる――永尾作品の魅力は、その両者の距離感がより広がったように見える明治を描いた本作でも健在であります。


 残念ながら、一巻本という分量ゆえか、どのエピソードも詰め込みすぎという印象があり、それゆえ――特に最後のエピソードなど――若干の消化不良さをも感じる面はあるのですが、それでもなお、永尾作品の味わいは十分以上に健在であります。

 明治に花開いた、人間とその隣人たちのちょっとおかしな交流記。小品かもしれませんが、しかしやはり魅力的な作品であります。

「開花あやし事件帖」(永尾まる 角川書店) Amazon
開花あやし事件帖 (怪COMIC)

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