« 八犬伝特集その十一の四 「THE 八犬伝」 第四話「芳流閣」 | トップページ | 「開花あやし事件帖」 人間と隣人たちとのちょっとおかしな交流記 »

2010.08.12

「鳴門血風記」 伝奇物語を借りて描かれるもの

 秀吉の四国討伐後、阿波に入った蜂須賀家政に反発した祖谷の三十六家の豪族たちは蜂須賀家の軍を退ける。しかし、彼らの前に現れた美青年・小野寺喜内は、弁舌巧みに彼らに取り入り、三十六家を分断してしまう。果たして喜内の真の目的は、そして彼の前に現れた不思議な青年・筒井喬之助とは…

 白石一郎先生が直木賞を受賞した「海狼伝」とほぼ同時期に執筆された、一風変わった伝奇時代小説であります。

 蜂須賀家の阿波入りを背景に、それに反発する阿波の土豪たちの戦いと没落が描かれ、そこに安徳天皇の秘宝伝説が絡む本作――
 その語り起こしは、後に阿波の木地師(惟喬親王の末裔という伝承を持ち、良質な材木を求めて山中に住んだという職人たち)の長となる青年・筒井喬之助の数奇な生い立ちから、となります。

 猿たちに育てられていたところを発見された一人の赤子――その身元を知る手がかりは、彼が肌身離さず持っていた錦の小袋のみ。
 中に砂金と絵地図の一部が収められていたその小袋から、尋常の生まれではないと思われたその赤子は、木地師の里で育てられるうちに、不思議なカリスマ性と武術の腕を示し、筒井喬之助と名乗ることになります。

 しかしこの喜内がとんだ食わせ者、三十六家を巧みに分断して互いの反発心を煽り、さらに配下の飯綱使い(=忍び)を暗躍させて、山岳党を配下に収めてしまいます。
 しかし彼の真の狙いは、自らが持つ錦の袋と同じ袋――実はそれこそが、実は阿波に落ち延びたという安徳帝の秘宝の鍵!

 と、ここまでくれば、喬之助がこの喜内の野望に真っ向から挑み、安徳帝の秘宝の謎を解き明かす物語になると当然想像できますが…それが実はならないのであります。

 確かに喬之助は、物語の途中で喜内の存在とその野望を察知はするのですが、基本的に外界のことには関与しないという木地師の掟に忠実に――というより、世俗のことに、特に権威権力に興味を持たない彼自身の性格から、喜内の行動を黙認します。

 さすがに物語の終盤においては、目に余る喜内の行動を矯めるために現れるのですが…ここでの選択がまた、主人公にあるまじきもので、はて、本作は喜内が主人公のピカレスク・ロマンだったのかしらん、と読者を悩ませることとなります。


 このように伝奇時代小説のフォーマットに則りつつも、それを完全に外してみせる本作ですが、それはもちろん、作者の意図したところでありましょう。

 実のところ、喬之助の活躍よりも喜内の暗躍よりも、本作で力を入れて描かれるのは、自分たちの血筋に――それも実はほとんどが架空の――とらわれた山岳党の人々の姿であります。
 すでに下克上の時代すら終わろうとしている中に、その流れが完全に目に入らず、かつての誇りにすがって生きる…その果てに喜内の口車に乗せられ、同士討ちの果てに滅びの道を歩む彼らの姿をこそ、本作は描きたかったのではないかと、私は感じます。

 そうであるとすれば、喬之助が、そんな人々とは無縁の存在として超然と立ち、物語の流れに踏み込んでこないことも納得できます。
 彼は、そんな人間の悲しさ・醜さ・愚かしさを映し出す鏡なのでしょうから…

 そして本作が伝奇時代小説の形式を借りているのも、極端な状況下で浮かび上がる人々の姿を写し取ろうとしたと考えれば、これも納得がいくというものです。

 純粋に伝奇ものを期待する向きにはお勧めしませんが、しかし個人的には実に興味深い作品でありました。

「鳴門血風記」(白石一郎 徳間文庫) Amazon

|

« 八犬伝特集その十一の四 「THE 八犬伝」 第四話「芳流閣」 | トップページ | 「開花あやし事件帖」 人間と隣人たちとのちょっとおかしな交流記 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/49099954

この記事へのトラックバック一覧です: 「鳴門血風記」 伝奇物語を借りて描かれるもの:

« 八犬伝特集その十一の四 「THE 八犬伝」 第四話「芳流閣」 | トップページ | 「開花あやし事件帖」 人間と隣人たちとのちょっとおかしな交流記 »