「もろこし銀侠伝」(その一) 武侠世界ならではのミステリ
今月文庫化が予定されている秋梨惟喬先生の「もろこし銀侠伝」は、日本では実に珍しい武侠ミステリの作品集であります。
遙かな昔、黄帝が悪を滅するために下したという銀牌を持つ者たちが、江湖で起きた奇怪な事件の謎に挑む本書には、短編三作・中編一作が収録されていますが、順番に紹介していきましょう。
「殺三狼」
かつて秘技「殺三狼」で三人の遣い手を同時に倒した李小遊が毒殺された。状況から、彼の薬を処方してた薬屋が疑われるが…
武侠小説では、様々な遣い手たちが操る秘技・奥義が物語を彩りますが、巻頭に収められた本作は、その秘技を中心においた物語。
彼には、かつて襲いかかってきた三人の遣い手を同時に倒したという「殺三狼」なる秘技を持つ男が、何者かに毒殺された謎を、本作では解き明かしていくことになります。
波乱の半生から暗殺を恐れて、毒味を欠かさなかった男に毒を盛る機会があるのは、彼の飲む薬を処方していた薬屋のみ。
父の命がもはや風前の灯火となったことを悲しむ薬屋の娘の前に現れた不思議な老人が、探偵役として、その無実を解き明かすこととなります。
無敵の技を持つ遣い手が、不可解な状況下で何者かに殺されて…というのは、武侠小説ではしばしば登場する趣向であり、本作もその流れに属する作品ですが、その謎解きがきちんとロジカルなものであり、なおかつ、武侠小説でなければ成立し得ないものとなっている構成には唸らされました。
まさに武侠小説の世界でなければ成立しないミステリ、武侠ミステリとは本作を指す言葉でしょう。
「北斗南斗」
旅の途中の宿で、女の死体が忽然と現れた場に出くわした顔賢。犯人扱いを恐れる彼を、山中で烏鷺を戦わせる不思議な二人組が救う。
死を司る北斗星君と生を司る南斗星君に酒食を振る舞ったことで、寿命を延ばしてもらったという伝説は、本作の冒頭でも引用されていますが、中国の伝説に興味のある方であればよくご存じかと思います。
本作は、その伝説をなぞったかのような探偵が登場する作品であります。
旅の途中で泊まった宿で、夜中に外に出たときに何故か意識を失い、目覚めてみれば目の前に女の死体が…という怪事件に巻き込まれた青年が、老僕の指示で頼った相手が、北斗南斗の伝説の如く山中で碁に興じる二人組。この二人の対話によって、一種の安楽椅子探偵もの的に事件の真相が暴かれていくという趣向であります
死体出現のトリック自体は文字通りの力業ですが(ただし、武侠映画など似たようなシーンを見たことが)、そこに○○トリックを組み合わせ、さらに顔賢と老僕の情愛を絡めることで、読ませる物語として成立させています。
「雷公撃」
銃の達人として知られた引退した武人が、落雷のような音とともに密室内で撲殺された。凶器は彼の銃だと思われたが、その真相は…
三編目の本作は、「銃」の存在を中心に描いたユニークな作品であります。ここでいう銃とは、後世の鉄砲とは異なり、極めて短距離で銃弾をばらまくもの。
その遣い手として知られた老武人が、閉ざされた室内で、彼の銃でもって撲殺されたという、密室殺人の謎が、本作では描かれます。
この事件に挑むのは、その土地で暮らしていた謎めいた老女冠と、土地の名主の食客の青年。二人は、捜査を進めるうちに、事件の裏に隠されたある事情を知ることになるのですが…
実は、個人的には、短編三作の中では一番気に入っているのが本作であります。
銃という特殊な武器を用いた密室殺人のトリックの面白さ――これも豪快ではあるのですが、銃という武器を逆手に取ったひねり方に納得――これはもちろんあるのですが、しかし、それ以上に感心させられたのは、ホワイダニットの部分。
何故老武人は殺されたのか、何故この事件が起きなければいけなかったか…
明代というこの時代背景ならではの、この時代背景でなければ起きなかった事件を描いた、本作はまさに時代ミステリであります。
そして、また、全てが明かされた後に老女冠が見せる、裁きも印象的です。
事件に隠された人々の想いを読み取ると同時に、その想いを殺さぬために彼女が下した裁きは、さらにその後もう一段待ち受けているどんでん返しと相まって、実に鮮やか。ドラマ面でも非常に良くできた作品であります。
長くなりましたので、残りは稿を改めます。
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