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2010.09.15

「赤猫始末 闕所物奉行裏帳合」 権力との対峙、反権力との対峙

 江戸で頻発する武家を狙った火付け。その結果、旗本たちの改易が相次ぎ、闕所物奉行・榊扇太郎は闕所の手続きに追われるが、その隠し財産の大きさに驚かされる。が、その処分には何故か大目付が介入、さらに扇太郎に次々と刺客が襲いかかる。一連の事件の陰には、大御所亡き後の権力争いがあった…

 権力と己の信念の板挟みになりながらも、したたかに生き抜いていく闕所物奉行の活躍を描いた上田秀人先生の「闕所物奉行 裏帳合」シリーズの第三弾は「赤猫始末」。
 「赤猫」とは火付けの隠語ですが、そのタイトルの通り、今回扇太郎が挑むのは、江戸で頻発する武家屋敷相手の火付けであります。

 もちろん扇太郎は闕所を扱う闕所物奉行、火付けの捜査は当然受け持ち外ではあるのですが、火付けとはいえ失火の咎で改易となった旗本の財産を処分するのは闕所物奉行の務め。
 そして扇太郎の上にいるのは、己の出世のために鵜の目鷹の目の鳥居耀蔵…というわけで、今回も扇太郎が事件に巻き込まれるという構図が面白いのです。

 実のところ今回の物語自体は、大御所家斉亡き後を見据えての権力争いを描いたもので、伝奇性は薄いのですが、しかしドラマ性とキャラクター描写はいつものことながら巧みで、大いに楽しませていただきました。


 ほとんど毎回述べておりますが、権力と接した際に、一個人が如何に己の身を処するべきか、如何に己としてあるべきかという個人との権力との関係性を描くのが上田作品。
 それは、主人公が幕府の奉行である本シリーズにおいても、いや既に末端とはいえ権力構造の一部である本シリーズだからこそ、一層ビビッドに見えてきます。

 特に本作においては、幕府への忠義のために周囲を犠牲にして顧みない鳥居、そしてそれと反対に、忠義を嘲笑い我欲のために周囲を犠牲にして憚らない悪党・一太郎の両極端を描くことにより、その構造がより一層はっきりと見えてきた感があります。
(ちなみにこの一太郎、何とあの天一坊の孫という設定なのが、彼のキャラクターと結びついていて実にうまい)

 権力とともに生きる者、権力を否定して新たな権力を求める者――
 その間にあって、己の暮らしと、己の愛する者を守るために戦う扇太郎は、それなりに世塵にまみれながらも、それでもなお、いやそれだからこそ、人間としてのあり得べき姿、好ましき姿を体現してくれていると、そう感じさせられます。

 そして、その扇太郎が愛する者・朱鷺との関係が、また今回も実によろしい。
 旗本の娘に生まれながら家の困窮のために岡場所に生まれ、その岡場所も潰された果てに、一種の賄賂兼間者として扇太郎にあてがわれた朱鷺。
 次第に扇太郎を慕うようになりながらも、同時に絶望的な生からの解放を求める彼女を生き続けさせるため、扇太郎が取った手段とは…

 一歩間違えると男性原理に基づいた暴力的なものになってしまうそれが、しかし、極めて暖かい愛情の発露となるのは、本作ならではの構図でありましょう。
 この二人の愛の行方も、大いに気になるところであります。


 さて、今回の事件で水野忠邦の前で活躍を演じ、その存在をアピールする結果となった扇太郎。
 普通であれば、これは喜ぶべきことではありますが、本シリーズ、いや上田作品においては、権力者への接近は必ずしも幸せに繋がるとは限らないのは言うまでもありません。

 鳥居との関係含めて、扇太郎の明日に待つものは…今から次が楽しみなシリーズであります。

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