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2010.09.16

「紅蓮の狼」 三人の天下人の陰で

 つい先日も最新作「家康、死す」が刊行され、乗りに乗っている宮本昌孝先生の、色と動物を題名に冠した三つの作品を収録した短編集が本書「紅蓮の狼」です。
 以前「青嵐の馬」として刊行されたものを、文庫化に当たって題を改めたものであります。

 最初の作品「白日の鹿」は、信長の弟・信行の奥向に仕えていた女丈夫・勝子の復仇譚。自分に横恋慕した男に夫を殺され、逐電した仇を追って復讐の旅に出た彼女の姿が描かれることとなります。

 内容的には、本書の収録作の中では一番並の印象ですが、ただひたすらに己の復仇のために――裏返せば己の愛のために――生きた彼女が、思わぬところで史実に影響を与える様には、三作に共通する個人と歴史の関係性がうかがえると言えるでしょう。


 一方、表題作「紅蓮の狼」は、最近話題の忍城攻防戦の主役・甲斐姫を主人公とした爽快な一編。
 父の定めた縁談を嫌って出奔、上泉伊勢守の下で卓越した剣法者として成長した彼女(この辺り、「剣豪将軍義輝」の女性版といった趣)が、父母の危機に颯爽と帰還、そして秀吉の小田原征伐の中で忍城を守り抜き、秀吉の心を射止めるというお話ではありますが――

 そんな甲斐姫は、しかし本作において、単なる男勝りの女武者として描かれるわけではありません。

 物語の冒頭において、彼女は、父母の不仲から己を無用のものと思い詰め、誰にも心を開こうとせず、周囲を、そして自分自身を傷つける孤独な存在として描かれます。
 そんな彼女が情愛豊かな人間として再生することができたのは、育ての母たちと、妹たちの無私の、強い愛情があってこそでした。

 つまり本作で描かれる彼女の強さは、武芸の強さのみに限らず、人間としての愛情の強さから来るもの。
 その心の強さが、長年対立してきた父の心を開くシーンは、まさに本作のハイライト。なるほど、秀吉も首ったけになるわけであります。
(そして結末で、時代小説ファンにお馴染みのあの事件と、甲斐姫たちの繋がりが語られるのがまた泣かせるのです)


 そして最後に収録された「青嵐の馬」は、本書で唯一の男性を主人公とした作品。家康の異父妹の子・保科久太郎、後の北条氏重が辿る数奇な運命を描きます。

 徳川と豊臣の決戦が迫る頃、家康の血を引くことを誇りに、武士として一廉の働きを見せることを夢見る久太郎。
 しかし、家康の跡を継いだ秀忠は何故か彼に冷たく、久太郎の想いは次々と裏切られて、名家とはいえ北条家の養子とされ、戦国最後の戦い・大坂の陣においても、出番を奪われることになります。

 彼の誇るものが、しかし、彼を縛るものとなる皮肉な物語は、久太郎がいかにも宮本主人公らしい快男児として描かれているだけに、何とも言えぬもの悲しさを感じさせるのです。


 ――さて、この三つの短編は、上に述べたとおり、一冊に収められているとはいえ、内容に直接の繋がりは存在しません。

 しかし、その背景に目を向ければ、三つの作品で少しずつその舞台とする時代が移っていること、そして、時に直接的に、時に間接的に物語に影響を与える存在として、信長・秀吉・家康という三人の天下人が登場することをもって、一連の物語として構成されていると見ることができるでしょう。

 歴史が天下人たちの戦いの末に大きく動く陰で、己の想いを貫こうと懸命に生きた主人公たち――
 歴史の巨大な流れの前に、必ずしも、その抱いた想いが実ったわけではありません。しかし、それでもなお、いやそれだからこそ、主人公たちの生き様の尊さが、胸に残る、そんな作品ばかりであります。

「紅蓮の狼」(宮本昌孝 祥伝社文庫) Amazon
紅蓮の狼 (祥伝社文庫 み 14-5)

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