「隠密姫」 野生の姫君隠密行?
安房鋸山の寺で育てられた野生の美少女・由璃。実は自分が将軍吉宗の落胤であることを知らされた由璃は、父との対面のために江戸に向かうが、母の形見の金のかんざしを、御庭番・鵜ノ木三四郎に奪われてしまう。そのかんざしを自分の母のものと語る三四郎の正体は。そして江戸で由璃を待つ運命は…。
思い出したように陣出達朗作品紹介シリーズであります。
今回は八代将軍吉宗のご落胤が活躍する「隠密姫」。貴種流離譚に宝探しが絡んだ波瀾万丈、いつものことながら先の見えぬ時代活劇です。
本作の主人公・由璃は、安房の鋸山で育てられた野生児。その彼女が、山に巣くう大ワシと対決する場面から物語が始まります。
この大ワシ、なんと人の髪の毛で巣を作って子供を育てるという習性で、そのために山道を行く人を襲っては、その首もろとも黒髪を奪っていくという怪物であります。
この怪物の巣から、母の形見だという金のかんざしを見つけた由璃、さてはこの大ワシに殺されて見つかった首のない婦人こそ母であったかと赫怒し、血塗れの大格闘の末、大ワシを見事に討つ…というインパクト満点の展開なのですが、これはまだ序盤。
父に対面するため江戸に向かうことになった由璃ですが、その父の言葉を伝えに来た御庭番が、件のかんざしを奪って行ったことから、物語はいよいよ本格的に展開していきます。
この御庭番こそ、本作のもう一人の主人公・鵜ノ木三四郎。まだ年若いながら将来を嘱望される忍びの名手が、何故このような任務でもない行動に出たか…それが本作の大きな謎の一つ。
さらに、このかんざしに、実は莫大な財宝の在処が隠されていたことから、怪しげな小悪党カップルや風魔一族の末裔などが絡んで一大争奪戦が繰り広げられることになります。
ちなみに由璃のお供は、卵の頃から彼女に育てられたもんしろちょうの「おもん」。
由璃が常に身につけている、母のもう一つの形見である麝香のにおい袋から香りが移ったため、麝香ちょうというあだ名がつけられていますが、これが人語を解し、しばしば彼女の危機を救う、ちょっとスゴい奴です。
閑話休題、本作のタイトルの由来は、物語も後半に入ってから、由璃が父と対面した際に、子として認めるため、ライバルである尾張宗春の落ち度を見つけてくるよう隠密役を命じられたことから来ています。
たとえ鋸山で育つ中で忍術の修行をしてきたという設定(というのもスゴいですが、でも彼女は上記の通り麝香の香りがするので忍べないというすっぽ抜け方がまたなんとも)があるにしても、ずいぶんな扱いですが、実は本作の吉宗はかなりの悪人。
その一方で宗春はやることなすこと間違いなしの名君――これはこれでどうかと思いますが――で、この両者との出会いで、由璃は初めて己の生き方に疑問を持つことになります。
山では自由に暮らしていたものの、突然己の素性を知らされ、周囲に指示されるままに動いてきた彼女が、その隠密行の中で初めて自分自身で考えることを知るというのは、皮肉ながら面白い展開でしょう。
(そしてそこで経験するのが上記のおもんとの別れというのは、実に象徴的であります)
尤も、本作はやはり読んでいる間は楽しいけれども後には何も残らない陣出作品。
終盤数ページで隠し財宝の正体と、由璃と三四郎の出生の秘密がバタバタと語られ、めでたしめでたしと結末に転がり込んでいく慌ただしさはどうかなあ…とは思います。
しかしやはりこの手の作品で大事なのは読んでいる間の楽しさ。
本作ではその点では間違いはありませんし、やはりヒロイン像はなかなかに個性的で、積極的におすすめはしないものの、私はそれなりに気に入っている作品なのです。
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