「遊郭のはなし」 人を鬼にする場の物語
吉原の遊郭・百燈楼で語られる数々の怪異のうち、最も恐ろしいという「赤い櫛」。拾った者は皆死ぬというその櫛のことを聞いた怪談好きの若旦那は、吉原に出向き、遊郭で暮らし、集う様々な職業の人々から怪談話を聞かされるのだが…
第2回『幽』怪談文学賞・長編部門特別賞賞受賞作であり、最近第二弾とも言うべき「色町のはなし 両国妖恋草紙」も刊行された長島槇子の連作短編怪談集であります。
ふとしたことから「赤い櫛」の怪異を調べることになった男が、遊郭で生きる様々な職業の人々に物語を聞いていくという構成の本作、収録されているのは以下の十編です。
赤い櫛―女中のはなし
死化粧―妓夫のはなし
八幡の鏡―女将のはなし
紙縒の犬―内芸者のはなし
幽霊の身請け―幇間のはなし
遣手猫―客のはなし
無常桜―遣手のはなし
紅葉狩り―禿のはなし
木魂太夫―花魁のはなし
手鞠―地回りのはなし
各話の題名の後の「○○のはなし」の○○は、言うまでもなく各話の語り手のこと。
吉原と言えば真っ先に花魁の存在が浮かぶわけですが、なるほど言われてみれば、彼女たちだけで吉原が回るわけではありません。
吉原で妓楼に上がって花魁と対面するまでには様々なしきたりがあることは、時代ものファンであればよくご存じかと思いますが、その妓楼という空間、吉原という世界には、これだけ様々な人々が存在したことに、今更ながら気付かされます。
そして、同じ空間に在っても、その依って立つところが異なれば、見えるものが異なるのは言うまでもありません。
本作は、そんな人々による、変形の怪談会とも言える作品であります。
とはいえ、本作が、単純に十編の怪談が集められたものというわけでは、もちろんありません。
本書では中盤辺りまではほとんど独立した作品が続きますが(なお、個人的には、「幽霊の身請け」が、吉原でなければ起きえない奇怪でどこかもの悲しいシチュエーションを描いていて一番印象に残っています)、後ろに行くに従って、全ては「赤い櫛」にまつわる恐るべき物語に収斂していきます。
手にしたものは皆死を遂げるという赤い櫛――その由来と、それが真にもたらすものを語る物語の展開はまさに圧巻。いかにも江戸を舞台にした怪談らしく静かに進んでいた物語が加速度をつけて変容し、ついに凄惨なカタストロフを迎える様には、ただただ呆然とさせられました。
しかし…本作が真に恐ろしいのは、その恐怖と惨劇を生み出したものが、実のところ、吉原という場とそこに集う人々を動かすシステムであるということでしょう。
本作の終盤で何度か記される言葉、「鬼」。人の欲望を満たすための場が、人を鬼にする…ある種の地獄が、そこにはあります。
と、本作の内容自体には大いに満足しているのですが、しかし非常に残念なのは、各エピソードの途中で三人称が混じることであります。
この構造には、本作の冒頭から違和感を感じていましたが、終盤のあの展開を考えれば、やはり一人称で通すべきだったのでは…と、それだけが残念に感じられた次第です。
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