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2010.11.13

「鏡の偽乙女 薄紅雪華紋様」 死者と生者、近代と現代の間に

 画家を志して家を飛び出した青年「私」こと槇島風波は、穂村江雪華と名乗る不思議な美青年に出会う。絵の才能もさることながら、この世ならざるものと交感する力を持つ雪華に興味を抱いた風波は、雪華の住む根津の下宿に転がり込む。そこで出会うことになるのは、亡霊や未練者の悲しい魂たちだった。

 朱川湊人先生が大正を舞台としたホラー連作を書いた…とのことで気になっていた「鏡の偽乙女 薄紅雪華紋様」を遅ればせながら読みました。
 画家志望の青年「私」・槇島風波と不思議な力を持つ美青年画家・雪華が出会う、生者と死者にまつわる奇妙で切ない事件を描いた五編からなる連作短編集であります。

 語り手である風波は直情径行で人情家、肉体派の凡人。対するその親友・雪華は、常人離れした才能を持つ天才肌の、しかし一種の変人――
 この組み合わせは、やはりシャーロック・ホームズものを思い出させるものであり、本作も一種の怪奇探偵もの、ゴーストハンターものかと読み始める前は思いました。
 しかし、事件性があるエピソードは第四話くらいのもので、作中に登場する生者にあらざる者の悲しみ、鎮魂を描くのに重点が置かれているのは、これは作者の味というものでしょう。

 さて、先に述べた通り、本作は大正を舞台とした作品ですが、読み始めた当初は――風波と雪華の不思議な出会いを描く第一話「墓場の傘」、雪華の下宿の隣の部屋に住むことになった風波が、部屋に憑いた青年を解き放つために奔走する第二話「鏡の中の偽乙女」あたりまでは、あまりパッとした印象を受けませんでした。

 確かに、大正の事物は様々に描かれている。しかし、大正である必然性は…という点が、正直なところ不満に感じられたのですが、その印象は、第三話以降、良い方向に転じていくことになります。

 実際、本作は雪華の友人である奇人画家・平河惣多(明らかに村山槐多なのですが、何故実名でないのか不思議に感じます)の近所の一家にまつわる綺譚である第三話「畸譚みれいじゃ」で転機を迎えます。

 このエピソードに掲げられている「みれいじゃ」とは、「未練者」と書き、本作独自の概念である生ける死人であります。
 みれいじゃが単なる(と言っては失礼かもしれませんが…)死霊と異なるのは、確かな実体を持ち、生者の中に入り交じって生活をしている点。
 その命を失う際に強烈な現世への未練を持ち、それがために生者と死者の間で現世に在り続ける――場合によっては己がみれいじゃであることも気付かずに。

 そんなみれいじゃをそのある意味呪われた軛から解放すべく、その後の第四話・第五話も雪華・風波は奔走するわけですが…
 そのみれいじゃという存在に、私は大正という時代を感じました。


 …大正という時代は、現代の我々から見れば、いささか印象の薄く感じられるように思います。
 それは、前後の長きに渡った時代に比してごく短い時代であることや、その中途であの大破壊が起きたこともあります。
 しかしそれ以上に、近代と現代の間にあって、どちらでもあり、どちらでもない、そんな時代であったためではないかと――そう感じるのです。

 そのあちらこちらに近代の(ところによってはそれ以前の)事物を残しつつ、政治も社会も文化も、現代の新たな息吹を感じていた――そしてそれ故の矛盾、混乱が生まれていた時代。
 そんな大正という時代の在り方に目を向ければ、それがみれいじゃという、生者でなければ死者でもない、そんな存在に重なり合って見えるのです。


 そう考えてみれば、風波と雪華がみれいじゃと対峙し、その真の姿を捉えようとするのは、同時に、大正という時代そのものを捉えようとする試みではないかと――いささか牽強付会ではありますが――感じられます。

 作中で、彼らの下宿の風変わりな女中・お欣がその見えぬ片目で幻視するように、あと数年で破滅を――そしてそれによって近代以前の姿が一掃されたことは、多くの人々が指摘しているところであります――迎えんとする帝都。
 その帝都で、風波と雪華が何を見るのか…おそらくはいずれ登場するであろう続編に期待しています。

「鏡の偽乙女 薄紅雪華紋様」(朱川湊人 集英社) Amazon
鏡の偽乙女 ─薄紅雪華紋様─

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コメント

いつものことですが、登場人物が個性的でわかりやすく、一日で読み終えてしまいました。
ゾクゾクするほど好きな世界観でした。ぜひシリーズで読みたいです。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。

投稿: 藍色 | 2012.12.14 16:48

藍色様:
お返事遅くなりまして申し訳ありません。
キャラの立った登場人物と、どこか不安定な中に猥雑な生命力を感じさせる時代背景が印象的な作品ですよね。
僕も続編を楽しみにしています。
トラックバックをお送りさせていただきました。

投稿: 三田主水 | 2012.12.24 22:01

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