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2010.12.08

「無限の住人」 第八幕「爪弾」

 中盤を過ぎたところで、諸般の事情にて約一年半も放置しておりましたアニメ版「無限の住人」の感想を再開したいと思います。
 その第8話「爪弾」は、逸刀流統主・天津影久と複雑な絆で結ばれた女性剣士・乙橘槇絵を描くエピソードの前編であります。

 前回、死闘の末に斃した閑馬永空のいまわの際の言葉を信じ、天津が潜伏するという深川にやってきた万次と凛。
(ちなみに原作で閑馬は深川ではなく、天津の加賀行きのことを語るのですが、この時期に既に加賀編の構想があったのかと今頃感心)
 そこで夜鷹の姿を借りて現れた槇絵の襲撃を受けた万次は、あっさりとこれを撃退するのですが…

 と、内容的にはほとんど原作そのまま。町を流していた槇絵が出会った喘息の女の子のエピソードまで、ほとんど原作そのままに再現されているのですが…

 個人的な趣味で言えば、あまり原作そのままの映像化というのには興味がないのですが、しかし今回のクオリティは、ある意味、凛以上にヒロインらしい槇絵の登場回(というより主役回)ということか、本作でも屈指のもの。
 とにかく、槇絵の顔を見ているだけでも満足できる…というのはいささか変態じみた感想ですが、美しいものを――その美しさが内に秘めたものを含めて――美しく描くということがきちんと出来ているのを見るのは楽しいものです。
(裏を返せば今までは…)

 アクションの方は、万次と槇絵のファーストコンタクトと、あとはラストに槇絵が破落戸を斬る場面があるくらい、特に後者はほとんど描写は省略されているのですが、これもなかなかのクオリティ。
 クオリティが高いだけに、狭い路地で長物を振り回す槇絵の姿には疑問符がつくのですが、しかしそれも槇絵の迷いの表れと思えば、まあ納得できます。
(それに応えて自分も長物持ち出す万次は…まあ万次だから)

 さて、この槇絵のエピソード、原作では最初期のものということもあって、恥ずかしながらかなり忘れている部分もあったのですが、今回アニメ版で見てみると、クオリティ抜きにして、改めてこういう話だったのか、と感心させられる部分がありました。

 その強すぎる剣力が己の将来すらを打ち砕き、その剣力を疎むが故に、己を貶めるかのように暮らす槇絵。
 その槇絵を受け止めてくれる天津が、しかし己の剣力をのみ――と感じてしまうのが、槇絵という人物の本源的不幸でもあるのですが――求めるという矛盾に、槇絵は苦しみ、もがきます。

 実は、剣力を頼りにされている――そして頼りにされている方がそこに救いを見出す――という点では、凛に対する万次も同様ではあるのですが、しかし言うまでもなく、万次と槇絵の間には、大きな隔たりが存在します。
 それを、万次は男で槇絵が女であるという点にのみ求めていいものか…
 そんなことを、凛と万次、天津と槇絵という、一見、対置されているように見えない二組のカップルの姿から考えさせられた次第です。


 ちなみに今回、槇絵が町を流すシーンで、(彼女が唄っているというシチュエーションで)流れたのは、原作者の詞による唄。
 この辺り、きちんとやってくれたのは嬉しいですね。

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