「鬼かげろう 孤剣街道」 孤独の蜉蝣、血煙旅
一人中山道を行く渡世人・蜉蝣。彼には半年より前の記憶が全て失われていた。ただ一つ、肌身離さず持っていた四二目の賽を胸に旅を続ける蜉蝣に、次々と謎の刺客たちが襲いかかる。身についていた凄まじい武術の腕で刺客たちを返り討ちにしつつ旅を続ける蜉蝣の前に、恐るべき陰謀が待ち受ける。
「勝負鷹」シリーズで鮮烈なデビューを飾った謎の覆面作家・片倉出雲の待望の第三弾「鬼かげろう 孤剣街道」が発売されました。
タイトルを見ると、剣豪もののようにも思えますが、これが実は主人公は渡世人。
つまり股旅ものなのですが、しかしさらにその実…という、作者らしいユニークな趣向とハードなアクションに充ち満ちた、片倉出雲ならではの作品であります。
本作の主人公は、中山道を血の臭いを漂わせながら一人行く黒ずくめの渡世人・蜉蝣。
あてどもなく旅する彼の前に現れるのは、老若男女、様々な刺客――いつどこから襲いかかってくるかわからない刺客たちを、彼は凄まじい腕の冴えで次々と返り討ちにしていきます。
彼が何故狙われるのか? 驚くべきことにそれは彼にもわからない。何故なら、彼は半年前に何者かに深傷を負わされ、それ以前の記憶を失ってしまったから…
彼に残されたのは、瀕死の重傷を負いながらも肌身離さず持っていた、四二の目しか出ないいかさま賽と、五体に身についた武術――いや殺人術の数々。
偶然出会った国定忠治に蜉蝣の名を与えられた彼は、忠治の助言で渡世人に身をやつし、失われた己の過去を求めて旅していたのであります。
と、そんな導入部分だけでも大いに興味をそそられますが、しかし「やられた!」と感じたのは、本作が実は――ほとんど冒頭で明かされるので書いてしまいますが――渡世人を主人公にしつつも、実は忍者ものである点です。
断片的に蜉蝣の脳裏に浮かぶ記憶、そして何よりも彼の身についた技は、忍びとしてのそれ。
どうやらかつては忍びであった彼は、何らかの理由で無数の敵と戦い、その時に受けた頭の傷が元で記憶を失ったことがわかってくるのですが――
ここでこちらの頭に浮かんだのは、ロバート・ラドラムの「暗殺者」。「ボーン・アイデンティティー」として映画化されたこの作品は、やはり記憶喪失の凄腕の男が、自らの正体を求めて陰謀に挑む物語でした。
実のところどこまでこの作品を意識していたかわかりませんが、「勝負鷹」でも時代小説離れしたアイディアとセンスを見せた作者であれば、おかしくない趣向と感じられます。
そしてそれが単なる類似のアイディアに留まっていないのは、股旅ものと忍者ものという組み合わせを、この物語の器として用意してきたことからも明らかであります。
あてどもなく彷徨う渡世人と、刺客に追われ続けるはぐれ忍びと――孤独という共通項を持つこの両者が、この両者を描く物語が、これほどまでに相性が良かったか…と驚かされつつも、次々と蜉蝣を襲う危機また危機に、最後まで一気に読まされてしまいました。
実は本作、お話的にはほとんど一本道、極論すれば蜉蝣が次々と襲いかかる刺客を倒して先に進むだけという、実は相当シンプルな構造の物語ではあります。
しかしそれがほとんど全く気にならないのは、アクションの緩急を巧みにつけ、様々なシチュエーションを用意してみせる、作者の腕の冴えというべきでしょう。
残念ながら内容的にはまだまだ全体の導入部というところで本作は終わってしまうのですが、しかし終盤にはあの有名人が登場、作中に断片的に示される情報から考えると、物語の背後にあるものは…と想像してみるのも楽しい。
かくなる上は、一刻も早く、蜉蝣の血煙旅の続きを! と渇望する次第であります。
「鬼かげろう 孤剣街道」(片倉出雲 朝日文庫) Amazon

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