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2010.12.09

「鹿鳴館盗撮 剣豪写真師志村悠之介 明治秘帳」 伏魔殿が秘めるもの

 幼なじみで、今は鹿鳴館の華と称される百合子と再会し、逢瀬を重ねる志村悠之介。そんなある日、横浜居留地を撮影した悠之介は、警察すら動かす何者かにより写真を破却されてしまう。反抗心からそこに何が写っていたのか探り始めた悠之介は、井上馨と鹿鳴館を巡る黒い噂に接近していくが。

 北辰一刀流の達人にして、明治のいまは浅草で写真館を営む志村悠之介を主人公とした「剣豪写真師志村悠之介 明治秘帳」シリーズの第二弾「鹿鳴館盗撮」が新書版で再刊されました。
 前作「西郷盗撮」から十年後、条約改正に揺れる政界・社交界を背景に、悠之介の新たな冒険が描かれます。

 偶然、権力者に関わる写真を撮ってしまったカメラマンが、権力の裏側に係る事件に巻き込まれて…というのは、ポリティカル・スリラーや社会派ミステリにはままあるパターンですが、本作もその系譜に連なるものでしょう。

 横浜居留地を撮影した帰りに、地回りはおろか警察にまで追われ、ついに写真の原板を破却されてしまう悠之介。
 写真師としての意地と好奇心から、自分が何を撮ってしまったのか探り始めた悠之介は、その日横浜に外務卿・井上馨がいたらしいことを突き止めます。

 井上馨といえば、日本の最大の懸案であった条約改正のため、鹿鳴館建設を主張した男。
 悠之介は、写真が鹿鳴館に絡むものと睨み、井上を探らんとするのですが…思わぬ運命の悪戯から、当の井上を暗殺から守るために、用心棒役を務めることに。

 さらに、秘密の逢瀬を続けていた幼なじみ、今は沢田子爵家の未亡人にして社交界の花形となった百合子の助けで、鹿鳴館に近づく悠之介は、井上のみならず、伊藤博文、さらに謎のイギリス人が一連の事件の陰に存在することに気付くのですが…


 悠之介が偶然写してしまったもの。その謎は、終盤に意外な形で明かされますが、それが象徴するもの、その背後にあるものは、我々の想像を遙かに絶したもの。
 条約改正――すなわち、日本が一等国となること――のために、これほどまでの謀が必要となるのか…個人の思惑や命など一顧だにしないその巨大な力のうねりの前には、うそ寒い思いを禁じ得ません。

 しかし、本作では、その謀を――そしてそれを動かす人々を、一概に悪しきものと断じることはしません。
 その立場、その時代によって、行うべきこと、行われなければならないことは様々にある。その負の側面を知りつつも、あえて行わなければならないものもある…

 そして、そんな人の、物事の有り様を象徴するのが、鹿鳴館なのです。
 作中において、様々な人物――その設計者のジョサイア・コンドルまで――から、否定的に語られる鹿鳴館。

 猿真似、卑屈、伏魔殿…様々な言葉で語られる鹿鳴館が真に目指したものの正体を、悠之介とともに知る時、我々は、歴史を一面的に判断することの是非を、同時に考えさせられることとなります。

 そして、その一面的でない視線――どのような行いにも、それなりの意味を認め、見つめようとする視線は、後の風野作品に共通して存在する、その時々を生きる人々への暖かいまなざしに通じるようにも感じられるのが、また興味深いのです。


 近年の風野作品に比べれば、悠之介の姿は色々な意味でギラギラとして見えるものではあるのですが、しかし、やはり根底に流れるものは同じと…そう感じます。

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