「異形コレクション 江戸迷宮」(その四) 異色の中の異色たち
「異形コレクション 江戸迷宮」の全作紹介の四回目であります。異色作揃いの中でも、今回は特に異色作が集まっているかもしれません。
「風神」(タタツシンイチ)
仲間の企みで無理矢理背中に刺青を入れられた気弱な大工・市助。それ以来、人が変わったように気っ風が良くなった市助だが、思わぬ惨劇が…
市助は真面目で腕は良いが、気弱な大工。その大工仲間たちは、彼に「氣」を入れようと不思議な彫師に連れて行き、彼は、半ば無理矢理、頼光の土蜘蛛退治を背に入れられてしまいます。
しかしそれをきっかけに、人が変わったように気っ風が良くなった市。しかしその変身が思わぬ惨劇をもたらすことになります。
刺青をテーマとした作品は様々にありますが、本作は刺青が身体を、いや精神までも変身させていくという怪奇を、第三者の口から語らせることにより、効果的に浮き彫りにしています。
果たして人の心が外見を変えるのか、外見が人の心を変えるのか…そこにあるのは奇怪な仮面の世界であります。
…と、ここで結末近くのある表現に違和感を抱いてもう一度最初から読み返してみると、本作はがらりとその様相を変えることになります。
いやはや、初めて作者の作品を拝見しましたが、どうやら一筋縄では行かない方のようであります。
「笹色紅」(井上雅彦)
年に一度、裏長屋に戻ってくる「先生」。裏長屋の人々の証言で浮き彫りとなる「先生」の姿とは。
編者でもある作者による本作は、本書の中でも異色中の異色とも言うべき物語であります。
夏になるたびに江戸に戻ってくる「先生」の言葉と、彼の周囲の裏長屋の証言から、ある事件の存在が浮き彫りとなるのですが…
「先生」を含め、様々な人々が語ることにより、少しずつ浮かび上がる事件の姿。しかし、その中で同時にその中の違和感も徐々に大きくなり――驚くべき結末を迎えることとなります。
反則と言えば反則ではありますが、しかしここで描かれるのも、紛うことなき江戸の姿。
「江戸迷宮」に囚われた者の姿を描くことでは、本作も他の作品と異なることはないのです。
「鉢頭摩」(佐々木ゆう)
父に替わり納戸番となった彦四郎。しかし彼の本当の任は、座敷牢の中の者の世話だった。囚われ人の妖しい魅力の前に彼は…
タイトルは梵語のパドマ、漢訳では紅蓮華の意。しかし物語全体を包む色は、むしろ澄んだ蒼、もしくは昏い白を思わせる、耽美的な一編であります。
急死した父の弔いを出す間もなく、納戸番を命じられた青年・彦四郎が、主家である作事奉行・伊川家で見たもの。
それは、屋敷の座敷牢に囚われた伯公なる美青年であり、そして彦四郎に与えられた真の任とは、伯公の世話役だったのですが…
関ヶ原では西軍に連なっていた伊川家が、徳川家に重用されているのはなぜか。伯公がもたらす白い石の正体は何なのか。いや、伯公自身が何者なのか――
彦四郎が心奪われるのは、しかし、そうした謎の数々よりも、伯公自身の蠱惑的な美しさ。
青年らしい気概も婚約者の存在も、全て心の外に追い出す伯公の魅力に、どろどろに身も心もとろけさせた彼を、愚かと笑う気になれないのは、伯公の、そして物語の持つ魔力ゆえでしょう。
全てが蒼と紅に沈む結末が、強く心に刺さった次第です。
まだまだ続きます。
「異形コレクション 江戸迷宮」(井上雅彦編 光文社文庫) Amazon

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