「異形コレクション 江戸迷宮」(その六) 一八人一八様の迷宮
長きに渡りました「異形コレクション 江戸迷宮」全作紹介も、いよいよ今回でラストであります。
「ぐるりよーざ いんへるの」(加門七海)
お千代が見せられたお守りは、小さな南蛮人の手を切って干した物だという。客の他愛のない嘘は、しかしお千代の中で…
ラスト一つ前を飾るのは、虚実を問わず、江戸東京を舞台とした様々な綺譚を描いてきた作者の一編。
頭の弱い少女が、客から見せられた手の形のお守り。小さな南蛮人を捕まえてその手を切り落とし、干して飾りにしたものだという客の話は、もちろん他愛もない――それでいてどこか底冷えするような――ホラ話ではありますが、しかしそれが少女の無垢な心に残ったとき、怪異は始まります。
心に強く焼き付いたその南蛮人の物語が、少女の中では真実となり、そして現実を変容させていく…
そこまでは、思春期の少女を描いた怪談として、ある意味予想の範囲内ではあります。
しかし、彼女の前に現れたものの行動と、それがもたらした結果が、虚実のあわいをやすやすと突き抜けていく様には、ただ唖然とさせられるばかり。
そして、それと平行して描かれてきた、あくまでも現実の中にに生きる彼女の姉の想いが絡み合った時――そこに現れる最後の怪異を何と表すべきか。
人の救いは、天国と地獄はどこにあるのか…そんなことを考えさせられた次第です。
「宿かせと刀投げ出す雪吹哉――蕪村――」(皆川博子)
ボロボロになった短刀を剥師に持ち込んだ梵論字。彼の語る短刀の来歴は。
最後を飾るのは、まさに「綺譚」という言葉が似合うユニークな掌編。
吹き出物が出たような短刀を持った梵論字が、研師での手入れを断られ、行った先は剥師のもと。
疱瘡の跡が残った者の顔の皮を剥ぐという剥師に対して梵論字が語るのは、その短刀がぼろぼろとなった理由なのですが…
いかにも作者らしく、泉鏡花を思わせる、美しく、それでいてきびきびとリズミカルな文章で描かれるのは、どこまでが現でどこまでが幻かわからない世界。
いや、本を閉じてみればそれが幻でしかないと思っても、読んでいる間に目の前に広がっているのは、あり得ない、しかしそこに間違いなく存在する事物の数々であります。
最後の一行のあまりに美しくも鮮やかな味わいといい、文字通り切れ味鋭い一編であります。
…さて、ほぼ一週間にわたり続けて参りました「江戸迷宮」収録作品紹介。短編集一冊の紹介は珍しくありませんが、今回は今までで一番楽しい経験となりました。
何しろ収録された一八作品全てが、それぞれのスタイルで、それぞれに面白い。
実は異形コレクションで一冊読み通して、かつ満足するということは今までなかったのですが、今回は初めて、ほぼ一冊丸々楽しませていただきました。
しかし考えてみればそれも道理、今回の執筆者はは、ほとんど全員が時代小説・歴史小説プロパーではないものの(例外は岡田秀文くらいでしょうか?)、しかし紛れもなく、異形コレクションで江戸を描くには、ベストに近いメンバーだったのですから…
私の長く拙い紹介を見るまでもなく、既に興味のある方はご覧になっているかとは思いますが、もしまだの方がいらしたら、是非手に取っていただきたいと思います。
一口に江戸といっても、様々な意味がそこにはあります。土地としての江戸、時代としての江戸、幕府の中心としての江戸、それらを包括した概念としての江戸…
本書に収められた作品で描かれた江戸は、その多様な江戸の顔、まさに迷宮のように入り組んだ江戸という存在を、それぞれの角度から切り取り、描き出したもの。
一八人一八様の江戸迷宮に、一人でも多くの方が迷い込んでいただきたいと願う次第です。
そしてまたいつか、このような素敵な一冊に出会えることも――
「異形コレクション 江戸迷宮」(井上雅彦編 光文社文庫) Amazon

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