「異形コレクション 江戸迷宮」(その五) 江戸を遠く離れて
「異形コレクション 江戸迷宮」もいよいよ終盤。残すところもあとわずかになりました。
「闇に走る」(藤水名子)
密書を胸に、夜の闇を走る隠密・蔵人。しかし脱出のためには、魔所と言われる菅埜の森を通り抜ける必要が…
最近ではめっきり主役になることが減ったとはいえ、やはり忍者は時代ものの華。公儀隠密を主人公にした本作は、江戸に向かう忍者と怪異の対決を描いた作品なのですが…
幼なじみであり、長じては二人一組で活躍してきた公儀隠密・蔵人と十郎左。任務の際には常に蔵人が探索結果を胸に江戸に走り、十郎左は妨害者の足止め役として戦う名コンビであります。
さる藩の命運を握る密書を江戸に届けるという任務のため、いつもの如く逃走役と足止め役に分かれた二人ですが、しかし蔵人の前に広がるのは、怪死者が相次ぐという呪われた森。任務のために足を踏み入れた蔵人を待つものは…
と、シリアスな展開と裏腹に、待っているのは――本人は至って真面目なのですが――何ともユーモラスな一幕。
もしかして忍者に向かない男が味わう悲喜劇は、恐怖と笑いは紙一重ということを再確認させてくれます。
それにしても、作者的にもしかして○○ネタでは…と思ったら、本当にその通りだったのは驚きました。
もっとも、それも物語の内容と有機的に結びついてくるのにはちょっと感心であります。
「定信公始末」(森真沙子)
さる古書店主が見つけた幻の蝦夷探検記。その真偽を問われた元奥右筆は、松平定信と蝦夷探検の秘められた関わりを語る。
こちらは江戸を舞台としつつも、同時に遠く蝦夷地の怪異を描く名編。
晩年の松平定信が見せたという乱心の姿と、その定信に歴史から抹殺された天明のエゾ探検と――二つの怪異を、「天明ノ蝦夷探検異聞」なる封印された古書が結ぶという趣向からしてたまりません。
定信の政敵であった田沼意次が蝦夷地開発を目指していたことは良く知られた史実ですが、田沼失脚後、それに関わった者たちが定信に弾圧されたのも事実です。
その弾圧の陰に消えのは、しかし、その弾圧にも劣らぬ悲劇と、恐怖の記録。
蝦夷地で越冬を試みた探検隊が出会ったものは何か――我が国では難しいように思えた秘境もの、それも極地もののホラーを、このような形で成立させてみせるか!
と感心すると同時に、その恐怖が全く予想もしない形で再度浮かび上がるのには驚かされました。
恐怖の遠近法とでもいいましょうか、遠くにあったと思い込んでいた怪異が、気がつけば目の前にある恐怖――蝦夷地に留まらぬ怪異の猖獗を予感させる結末は、作者の他の時代ホラーを思いだし、ニヤリとさせられた次第です。
「泡影」(岡田秀文)
橋の下に住み着いたおみよと知り合った文吉。ある日、文吉の友達に大事にしていた人形を取り上げられたおみよは…
ある意味、本書で一番期待と驚きを感じたのは、作者の参戦でありました。
作者の、ミステリ色、サスペンス色、そして伝奇色の強い時代小説は私の大好物ですが、しかし異形に登場するとは…
と、実際に作品を見てまだ驚きました。そこに描かれたのは、それらの作品と全く異なる、切ない幻の世界だったのですから…
誰でもどこかしら共感するであろう、子供時代の思い出。
仲間たちとの悪巧みの数々、初めての異性(という言葉を使うには強すぎるのですが)との触れあい、そして拭えない小さな罪の記憶――
本作は、そんな思い出をささやかで、そして鮮やかな怪異でもって飾ります。
そしてそれが、いつしか自分自身の記憶であったようにすら感じられるのは――やはり作者の非凡な筆の冴えなのでしょう。
次回ラストです。
「異形コレクション 江戸迷宮」(井上雅彦編 光文社文庫) Amazon

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