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2011.02.09

「前夜の航跡」 怪異の中に人間を見る

 昭和初期、海軍軍縮条約の下での軍備増強を進める日本海軍では演習事故が頻発し、数多くの生命が失われていた。嵐の船内で、療養所で、廃艦で…天才仏師・笠置亮佑の奇跡の腕が、人と霊の間に暖かい奇跡を起こす。

 昭和初期の日本海軍を舞台に、生者とそれにあらざる者の交流を描いた連作短編集、第22回日本ファンタジーノベル大賞受賞作であります。

 舞台となるのは、ワシントンとロンドンの二つの海軍軍縮条約により軍艦の製造に規制が加えられた、いわゆる「海軍休日」と呼ばれた時代。
 しかしその制限下にあっても、軍備を増強する動きは当然あり、そこから様々な技術革新も生まれたのですが――しかし、その一方で、様々な無理と焦りから生じた事故で、多くの人命が、戦争によらず失われた時期でもありました。

 本作で描かれるのは、そんな中に現れた不思議の数々であります。
 軍法会議にかけられ自殺した大佐の霊が現れる幽霊屋敷の謎を描く「左手の霊示」。
 鼠除けの木彫りの猫が、転覆した艦で奇跡を起こす「霊猫」。
 体を壊して療養所暮らしの機関長のもとに、遠く洋上の親友が現れる「冬薔薇」。
 悪天候の中、沈没の危機に瀕した駆逐艦に現れたものが描かれる「海の女天」。
 そして記念館となった戦艦三笠が夜な夜な怪音を発する怪事件の秘密「哭く戦艦」。

 この全五話は、第一話と最終話に、海軍の怪事件を専門に担当する諜報部第四課丁種特務班が登場するのを除けば、いずれも異なる人物の視点から語られ、内容もそれぞれ独立したものとして成立しています。
 しかし、この五つの物語に共通する要素があります。

 それが、若き天才仏師・笠置亮佑の存在。
 まだ父の工房を手伝う身でありながら、彼が手に掛けた像は、あたかも本物の仏が宿ったが如く、様々な奇瑞を起こす――飄々とした変わり者のこの青年の青年が、ある物語では人の命を救い、またある物語では怪事の謎を解き明かすことになるのです。


 さて、このように舞台・趣向ともかなりユニークな本作ですが、しかし正直なところ、怪異談として見る分には、さまで優れた作品とは感じません。
 個人的に、神霊の存在を当然のものとした作品の語り口に馴染めないというのもありますが、それ以上に描かれる怪異に新味はなく、そして物語の構成・構造も、厳しい言い方をしてしまえば、ワンパターンに映ります。


 しかし、それでもなお本作を最後まで興味深く読むことができたのは、その怪異を通じて描かれる世界が、なかなかに魅力的に感じられたからであります。

 特段軍事的なものに興味を持たぬ私にとって、軍隊の中でも、特に海軍の世界は、全く縁遠いもの。
 歴史としてその事績を知っていても、表に見えるのは組織としての顔であり、それを構成する個々人の、人間の顔は見えないのです(もっとも、軍隊組織であればそれは当たり前ではありますが)。

 しかし本作においては、怪異という一種極めてパーソナルな経験を描くことにより、それを経験した個々人の姿を浮き彫りにしてみせた、海軍の中にある人間の顔を我々に垣間見せてくれた…そんな印象を受けたのです

 もちろん、そこに描かれているものが全てであるとも、真実であるとも思いはしません。
 しかし、本作を手にしたことで、歴史上の事績の背後には、有名無名の様々な人間の存在がある――そして彼らの生きた証こそが、日本がある時代に向かう前夜の航跡だったのだと――という、極めて当然な、しかし忘れられがちな事実を、思い出すことができたのは、私にとっての真実であります。

 そしてそれこそが――実は怪異を描くことにさほど興味を払っていないかのようにも思える――作者の狙いであったのはないかと感じた次第です。

「前夜の航跡」(紫野貴李 新潮社) Amazon
前夜の航跡

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