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2011.02.05

「素浪人奉行」 二人一役の遠山左衛門尉

 天保の改革の頃、次々と美女を拐かす怪人・魔童子が江戸を騒がせていた。事件に巻き込まれた長州浪人・神尾左近は、行く先々で別人に間違えられるが、それもそのはず、左近は北町奉行・遠山左衛門尉と瓜二つだったのだ。遠山の依頼で影武者として魔童子探索に当たることになった左近の活躍や如何。

 高木彬光の時代伝奇小説シリーズ、今回はまず作者の時代小説の中でも、代表作の一つと呼んで良いであろう「素浪人奉行」であります。

 舞台的にもキャラクター的にも扱いやすいためか、高木時代小説には、遠山左衛門尉が登場する作品が結構存在するのですが、本作もその一つ。
 主人公・神尾左近は、剣の腕は達人級で正義感の強い美丈夫…というのはある意味定番ですが、実は彼の容貌は――あの桜吹雪の刺青を除いて――北町奉行・遠山左衛門尉と瓜二つ。

 それを知った遠山たっての頼みで、その影武者となった左近が、様々な怪事件に挑む、本作は神尾左近シリーズの第一作です。

 このシリーズの根底にあるのが、講談やドラマのいわゆる「遠山の金さん」の活躍であることは、ここで言うまでもありませんが、しかし本シリーズの工夫は、その元ネタの構図を逆転させてみせたことにあります。
 すなわち、「遠山の金さん」が、遊び人の金さんと遠山左衛門尉の一人二役トリックの物語であるとすれば、本作は、神尾左近が遠山左衛門尉を演じる二人一役トリックなのです。

 もちろん、瓜二つの人物が、入れ替わり立ち替わりで活躍するという趣向の作品は、時代ものに限らず古今東西枚挙にいとまがありませんが、しかし本作はその対象が「遠山の金さん」という存在なのが面白い。
 あの金さんであれば町人の態で市井に潜み、事件を捜査してもおかしくない、と登場人物たちが共通認識を持っていることが、左近の活躍を支えるという、一種メタな構造には感心させられます。

 その一方で、周囲にお奉行の変装と信じさせておくために左近が味わう苦労の数々も面白く(長屋の連中と風呂にも行けなかったり、遠山の昔馴染みの女に迫られたり)、これはまず主人公周りの設定の勝利と言っても良いかもしれません。

 もちろん面白いのは、主人公の設定のみではありません。
 本作で左近が挑むことになるのは、江戸で美女を次々と拐かしていくという謎の怪人・魔童子。
 若衆姿で江戸の闇に跳梁し、決して素顔を見せぬその正体は――これがまた実に伝奇的、なるほど、ここでこの人物を持ってくるか…というところ。

 魔童子の悪事の理由と目的も――いかにも大衆エンターテイメント的なものではあるのですが――しかしその正体と生い立ちを知ってみれば、なるほどと頷けるもので、ミステリとしてもなかなか面白いのです。

 もう一人の敵役である鳥居耀蔵が、あまりにも絵に描いたような悪人なのには興ざめですが、それはまあ遠山側を主人公にした物語では無理もない、と目を瞑りましょう。

 あくまでも大衆エンターテイメントとして――ちなみに本作、佐々木康監督、市川右太衛門主演(もちろん二役)で映画化されているとのこと――という前提つきではありますが、まず今の目で見ても十分以上に面白い作品。
 最初に高木時代小説の代表作の一つ、と述べたゆえんであります。

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