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2011.03.01

「旗本始末 闕所物奉行裏帳合」 昼と夜の権力に挑む孤剣

 大御所家斉付きの旗本が逐電した。鳥居耀蔵の命で旗本を追うこととなった闕所物奉行・榊扇太郎は、借金の形に娘を吉原に沈める旗本が増えていることを知る。その背後には、老中と結び吉原乗っ取りを狙う品川の顔役・狂い犬の一太郎の陰謀があった。あえて死地に乗り込む扇太郎を待ち受けるものは。

 相変わらず好調の上田秀人のシリーズ中、私が個人的に最も注目しているのが、この「闕所物奉行 裏帳合」です。

 闕所――財産の没収刑を司る闕所物奉行の主人公・扇太郎が、鳥居耀蔵にこき使われながらも、江戸の闇と対決し、したたかに生き抜いていく様を描く本シリーズ。
 前作辺りから、幕閣内部の権力闘争が背景として描かれてきましたが、本作ではその暗闘が思わぬ形で動き出し、さらにそこに宿敵・狂い犬の一太郎の吉原制圧計画が絡んでいくことになります。

 事の起こりは、馴染みの浅草の顔役・天満屋の口利きで、借金を踏み倒して行方不明となった旗本捜しを扇太郎が依頼されたこと。
 しかしこの旗本が、大御所家斉に仕える西の丸小姓であったことから、事態は大いにややこしい方向に動いていきます。

 というのも、当時は将軍家慶の上に、大御所家斉がいる体制。家慶にとって父・家斉は、自分の政治を行う上で目の上のたんこぶとなっていたのですが――それは、それぞれの側近にとっても同じこと。
 そんな中で、西の丸小姓が借金の末に逐電したという前代未聞の不祥事は、両陣営のパワーバランスを一気に変えるきっかけとなりかねない事件だったのです。

 そんな雲上人たちの思惑に振り回されながらもこの旗本の行方を追ううち、扇太郎は、旗本の娘たちが実家の借金の埋め合わせのために、幾人も吉原に売られていることに気付きます。
 それは実は、吉原を、江戸の闇を握り、支配しようとする品川の顔役・一太郎の恐るべき計画の現れ(詳しくは述べませんが、これがまた豪快かつ意表をついたもので実に面白い!)。

 かくて扇太郎は、彼にとっては完全に死地である、品川に足を踏み入れることとなるのです。


 …上田作品といえば、幕閣同士の権力を巡る暗闘が定番要素ですが、本作にはもう一つ上田作品にはしばしば登場する吉原を巡る争いが並行して描かれることとなります。
 幕閣たちの座する江戸城が昼の世界とすれば、膨大な欲と金が動く吉原は夜の世界。この両方の世界の権力を手にしようとする敵に、扇太郎は孤剣をひっさげ、立ち向かうこととなるのですが――

 しかし、彼は忠義や(自己犠牲を伴う)正義感とは無縁の人物。自分を、自分の暮らしを守るためであれば、多少のことには目を瞑り、ちょっとばかりダーティーなことも躊躇わない…そんな男であります。
 その彼が、今回自分の命を賭けて陰謀に挑むのは、彼の愛する薄倖の女性・朱鷺のためというのがたまらない。

 旗本の娘に生まれながらも(今回登場する旗本たちと同様)借金を重ねた実家のために岡場所に売られ、数奇な運命の末に扇太郎の傍らにいることとなった朱鷺――
 一度はこの世に、己の生に絶望した彼女にとって、扇太郎は最後の居場所ともいうべき存在であり、扇太郎にとっても、時に重荷になりかねぬ彼女が、己の足を前に進める原動力となっているのであります。

 作中で扇太郎が幾度となく自嘲混じりに漏らすように、彼は畢竟、権力の走狗、飼い犬に過ぎません。
 しかし、そうであっても決して譲れないものが彼にはある。そのためであれば、飼い主の手に…いや、喉笛に噛みつくことも恐れない――

 と言いつつ、そこまで行かないように知恵と力を振りしぼるのがまた扇太郎らしいところなのですが、扇太郎の、本シリーズの魅力は、そんな等身大で、少しだけヒロイックなその生き様にあることは間違いないでしょう。

 そして本作のラストで、ついに大きな選択をすることとなった扇太郎。
 この先、彼の向かう先は…いやはや、今から次の巻が楽しみでなりません。

「旗本始末 闕所物奉行裏帳合」(上田秀人 中公文庫) Amazon 読書メーター
旗本始末―闕所物奉行裏帳合〈4〉 (中公文庫)


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