「妖花伝 御庭番宰領」
御庭番・倉地文左衛門と共に、久々の遠国御用に旅立つこととなった鵜飼兵馬。しかしその旅には、江ノ島から隠し目付として妖艶な美女・弁天お涼が同行することとなった。様々な顔を見せる謎めいたお涼に、困惑しながらも惹かれていく兵馬だが…
無外流の達人にして御庭番宰領(御庭番の私的配下)の鵜飼兵馬の人生行路を描く「御庭番宰領」シリーズの第六弾であります。
数奇な運命にもてあそばれるまま、主家を追われ家族を失い、流浪の果てに辿り着いた江戸で、表の顔は用心棒、裏の顔は御庭番宰領として暮らすこととなった兵馬――
当世有数の剣の腕を持ちながらも、浮き草のような儚い暮らしを続ける彼は、今回久しぶりに(実に第一作以来?)遠国御用に出立することとなります。
もちろん道連れは、雇い主であり相棒でもある御庭番・倉地…のはずが、今回の旅には、幕閣すら恐れる老中・松平定信の隠し目付が同行、しかもそれが幾つもの顔を持つ美女・お涼であったことから、京、大坂へ向かう旅路を行く兵馬の心は様々に揺れ動くこととなります。
さて、そんな本作を一言で表すれば「不思議な作品」と呼ぶほかないでしょう。
作中の大半が、兵馬たち三人の旅(とそれに伴う蘊蓄)の様子と、兵馬の内面、そして様々な表情を見せるお涼の描写で占められる本作。
剣戟もなく、謎や秘密もなく――ないわけではないですが、その答えが明示されることもなく――淡々と、兵馬の旅が描かれる本作を、「普通の」文庫書き下ろし時代小説を期待して手にした読者は、おそらく戸惑うのではないでしょうか。
元々本シリーズは文庫書き下ろし時代小説からスタートしたものではなく、内容的にもかなり形に囚われない(特に前作「無の剣」辺りから)ものではありますが、さすがに本作は奇異な印象も受けました。
…しかし、それでも私が本作に惹かれるものを感じるのは、これまで見守ってきた兵馬の漂泊の人生に、某かの共感を感じ――
そして、幾つもの仮面を被って生きてきた、生きざるを得なかったであろうお涼の生き様にもまた、兵馬に通じる人生の陰影を感じたからでしょうか。
読者である我々とは生きる時代も違う、境遇も違う、二人。
しかし己の道に踏み惑い、己の心を仮面の下に隠したその姿は――日常を離れた旅、それも隠密旅という異常な環境だからこそ――その二人の姿は、こちらの心に刺さるのかもしれません。
果たしてこの先シリーズがどこに向かうのか、ますますわからなくなってきましたが、しかし、兵馬の姿にある種の共感を抱いた上は、この先も見届けたいと、これまで以上に感じている次第です。
余談その一。作中でお涼が使うのが秘伝「砕動風」、作中で語られる由比正雪の決起と江戸の大火と、大久保ファンには懐かしいものがありました。
余談その二。前作の感想で触れた(既刊『××××』参照)がなくなったのは好印象でありました。
「妖花伝 御庭番宰領」(大久保智弘 二見時代小説文庫) Amazon

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