« 八犬伝特集その十三 「これだけは読みたいわたしの古典 南総里見八犬伝」 | トップページ | 「戦国無双Chronicle」 合戦を動かすという快感 »

2011.03.04

「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」 彼女が掴んだ希望の光

 袋物屋・三島屋を営む叔父の計らいで始めた百物語によって、徐々に心を癒され、明るさを取り戻していくおちか。今日も三島屋の黒白の間のおちかの前で、語って語り捨て、聞いて聞き捨ての不可思議な事件が物語られていく…

 宮部みゆきの「おそろし 三島屋変調百物語事始」の続編、「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」であります。

 本シリーズの主人公・おちかは、元々はとある旅籠の娘。
 ある事件で許嫁と幼なじみを失って自らも心を閉ざし、江戸で袋物屋・三島屋を営む叔父夫婦のところで暮らすこととなった彼女は、ふとしたことから、店を訪れる人々が心のうちに抱えた不可思議な事件、恐ろしい出来事を聞くこととなります。

 普通の百物語は、語り手が一堂に会して、怪談を重ねていく。
 それに対し、三島屋で行われるのは、次々と語り手が店を訪れ、おちかに対してのみ怪談が語られる、いわば変調百物語であります。
 前作「おそろし」では、多くの人々を巻き込んだ奇怪な事件の背後に存在した悪意と対峙することとなった彼女が、その経験を経て、自分を縛り付けてきた過去から一歩前に踏み出すようになる姿が描かれました。
 本作はその後、少しずつ明るさを取り戻していく彼女が出会った四つの奇談が語られることとなります。

 封印されていたお旱さんの封印を解いて以来、近づくと周囲の水が逃げるように消え失せてしまうようになった少年・平太を巡る「逃げ水」。
 双子の娘の片方を失った針問屋が、残った娘の周囲で次々と起こる怪異に悩まされた果てに縋った奇怪な対応を描く「藪から千本」。
 幽霊屋敷に出没する黒いあやかしと、そこに住むこととなった隠居旗本夫婦との静かな交流が思いも寄らぬ結果を招く表題作「暗獣」。
 偽坊主・行然が、若き日に訪れた山中の豊かな村が、奇怪な呪いと狂気の果てに滅んだ様を語る「吼える仏」。

 どのエピソードも、江戸怪談小説の名手たる作者らしい着想と、キャラクター描写の妙により、時に恐ろしく、時に切なく、そして皆味わい深いものとなっているのは、さすがとしか言いようがありません。


 しかし、本作を読んでいる最中は、私にとっては違和感の方が強かった――というのが正直なところであります。

 簡単に言えば、本作は前作に比べ、明るすぎる。
 前作の、先を読み進めるのが怖いくらいに重い物語…人の心の、人の世に潜む暗部と、そこに生まれ、あるいは寄ってくる怪異の姿に震えた身としては、本作のどこか陽性の――たとえば「吼える仏」などは確かに恐ろしかったのですが描写は控えめで――内容に、違和感を感じたのです。

 特にラストに描かれるように、本作ではおちかに頼もしい味方、仲間が何人も登場するわけで、ほとんど孤立無援に近かった前作とはあまりに趣向が異なるではないか…と。

 もちろん、これは偏った読者のひがめでありましょう。

 物語のムードが明るくなったのは、一つには、出版社側の売り方に起因するとは思いますが(特設サイトを見ればそれは一目瞭然でしょう)、しかし物語の世界を見れば、おちかの心の持ちようが、前作での体験を経て変わったから、ということは言うまでもないことなのですから。

 過去の事件の記憶から自分を責め続け、その中に縛られ続けていた彼女が、完全でないにせよ、ようやくそこから自分自身を解き放ち――自分自身の物語を過去のものとした以上、彼女の周囲が変わっていく、彼女自身が前に進んでいくのは、むしろ当然のことであります。


 そして、本作の四つのエピソードの構造に目を向ければ、実は本作も、前作同様のものを持つことに気づきます。

 そう、本作に描かれる怪異は、いずれも、家に代表される一つ所に縛られた魂から生まれたもの。
 それが自分の意志によるものであれ、他者の意志によるものであれ、そしてその場が物理的なものであれ、精神的なものであれ――そこに縛られた、そこに執着する孤独な想いは、いつしか歪みを生み、やがて怪異という形で、周囲に影響を与えていくこととなるのです。

 そんな呪縛からの解放を描く点では、本作も前作も変わることはありません。

 そして、その一方での本作と前作との大きな違い――仲間の存在にこそ、一歩前進したおちかが掴んだ、希望の光があります。

 おそらくは人が人である限り、心が何かに囚われることも、それが怪異を招くことも続く。
 しかし、それを乗り越えることができるも、人が人であるから――人に心があり、そしてそれによって人と人が手を携えることができるからなのです。

 前作の結末で、己を縛るもの、縛る場所から一歩踏み出すことができたおちかが、仲間を得ることができたのは、それをまさに体現したものなのでしょう。


 人は変わっていくものならば、物語もまた変わっていくのでしょう。
 いずれまた語られるであろう百物語の続きが、どのように変わっていくのか、その点も含めて、次回作がまた楽しみなのです。

「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」(宮部みゆき 中央公論新社) Amazon 読書メーター
あんじゅう―三島屋変調百物語事続


関連記事
 「おそろし 三島屋変調百物語事始」 歪みからの解放のための物語

|

« 八犬伝特集その十三 「これだけは読みたいわたしの古典 南総里見八犬伝」 | トップページ | 「戦国無双Chronicle」 合戦を動かすという快感 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/50991212

この記事へのトラックバック一覧です: 「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」 彼女が掴んだ希望の光:

« 八犬伝特集その十三 「これだけは読みたいわたしの古典 南総里見八犬伝」 | トップページ | 「戦国無双Chronicle」 合戦を動かすという快感 »